1. HOME
  2. インタビュー
  3. オーディオブック、もっと楽しむ
  4. 北村一輝さん朗読「不連続の世界」インタビュー 「いろいろな人に流されて、受け入れながら生きていけたら」

北村一輝さん朗読「不連続の世界」インタビュー 「いろいろな人に流されて、受け入れながら生きていけたら」

北村一輝さん=junko撮影

受け身な生き方の主人公に惹かれる

――本作は、主人公の塚崎多聞が日本のあらゆる場所でさまざまな人と関わりながら不思議な出来事に巻き込まれていくトラベルミステリーですが、原作を読んだ感想はいかがでしたか。

 まず、主人公の多聞がとても魅力的でしたね。奥さんのジャンヌをはじめ、外国人の友人がいるところに親近感を持ちました。多聞は主張するようでいて我が強いわけではなく、周囲の流れを感じて、それを受け入れながら生きていくというゆるさがいいなと思いました。自分もそちら側に近いので入りやすかったし、好きな世界観だったので、お話をいただけて嬉しかったです。

スタイリスト:Lim Lean Lee ヘアメイク:安井朋美

――多聞自身はのんびりとした人で、出会う人や周りの人たちによって不可思議なことに巻き込まれたり、振り回されたりしていきます。

 受け身という部分では、きっと人よりもいろいろなものの見方をしているし、その分、自分にゆとりができると思うので、前だけ向いている人生よりはたくさんのものを感じ得ることができる人なのではないかなと思います。

――5編からなる連作集ですが、特に好きな作品はありますか?

 それぞれに魅力がありますが、話の展開で面白いなと思ったのは尾道を舞台にした「幻影キネマ」です。尾道は僕も何度か訪れている街なので、情景が浮かびやすく読みやすかったです。最後に収録されている「夜明けのガスパール」は、妻と別居中の多聞を3人の友人が「夜行列車で怪談をやりながら、さぬきうどんを食べに行く旅」に誘う話でしたが、読み進めていくと意外な展開で「なるほど、そういう感じだったんだ」と驚かされました。ああいう変化球も嫌いじゃないです。

――作品全体的にふんわりとした「怖さ」がどこか漂っているのですが、特に「木守り男」の中で「またな。」というセリフを北村さんの声で聴くと、ゾクゾク感が増しました。 

 声についてはよく言われますが、自分では分からないんですよね。この声で育ってきたけど、声だけは客観的に聞くことができないですから。でも大体、声でバレます(笑)。

朗読を聞く立場になって気づいた違和感

――朗読する上で、意識したことはありますか?

 普段、一人で本を読んでいる時も声に出していることがよくあるのですが、目と頭を使って文字を読んでいるだけよりも、声に出してそれを自分で聞く方がすごく自分に入りやすいんですよね。ただ、今回のように仕事になった時にはちょっと違うとらえ方をしていて、以前、他の方が朗読されているものをいくつか聞いた時に、ちょっとした違和感があったんです。

 原作の良さを声だけで伝える場合は、少しオーバーな抑揚、感情表現だけでなくスピーディーに、テンポよく読めたほうがいいのかなと、自分が聞く立場になった時に思うところがありました。もちろん作風やキャラクターによっては演じ分けをすることもあると思いますが、あまりこちらが作り込まない方が、その世界観が伝わるのではないかなというところは、今回すごく意識した部分です。

――映像や舞台など、様々なお仕事の中でも「朗読」の面白さをどんなところに感じますか?

 正直、当たり外れが多いと思います。人それぞれ好きな作家さんがいるし、得意不得意もあって十人十色じゃないですか。僕も好きな作品だと自分が読んでいて楽しいから、気持ちも乗ってやりやすい。今回の朗読もすごく楽しくて20、30ページとどんどん読めちゃって、僕の全収録時間は過去最短だったそうです。

 好き嫌いは、今の世の中ではあまり口にしてはいけないようになっていますけど、それはあって当然のことなんです。だからこそ、いろいろな作品があっていいと思いますし、この朗読をきっかけに、恩田さんのほかの作品にも興味が出たり、聞いてみたら面白かったから本も買ってみようと思ったりする取っかかりになるかもしれないですから。特に今回は、多聞というキャラクターが僕は妙に気に入って、このまま実写化でもやらせてもらいたいぐらい(笑)。その話が面白い、好きだという気持ちがあるとやりやすいですね。今回朗読させて頂き、自分にとってもいい出会いになりました。

――恩田さんの作品はほかに何か読んでいますか

 僕がそれまで抱いていた恩田陸さんの作品の印象は、もう少しファンタジー色があったり、主人公がわりと若い人だったりというものでしたが、今回の『不連続の世界』は、ミステリー要素はあるけどそこまで怪奇的ではなく、心地よい世界観で、また少し違った印象を受けました。

 最近はどうしても仕事関係の本を中心に読むことが多く、過去の作品ばかりになりますが『蜜蜂と遠雷』や『夜のピクニック』など実写化もされている作品や『ドミノ』は読みました。どれも情景や各キャラクター像、その世界観が頭に浮かびやすいんですよ。これは職業病かもしれませんが、僕は小説を読む時に画を思い浮かべながら読むので、情景がパッと浮かびやすい作品は特に惹かれます。

小説を読むことは現実逃避

――物語(フィクション)の面白さをどんなところに感じていますか。

 僕は昔から、どこか現実逃避として小説を読んでいたところがあるんです。物語の中の世界を「いいなぁ、楽しそうだな」と映画を見るような感覚で、空き時間によく読んでいました。短編というのも好きなところです。理由は手軽に読める、それだけ (笑)。

 例えば本作は「ミステリー」と一言で言っても、一歩ずつ、そろりそろりとしか進めないような話ではないんですよね。ちゃんと呼吸をしながら物事をとらえて、多種多様なものを感じながら多聞が生きていくところが一番好きな部分かな。

――これまでどんな本を読んできましたか?

 子どもの頃は小説よりも伝記が好きで、ライト兄弟やルイ・パスツールは何度も読んでいました。パスツールは「白鳥の首フラスコ」と呼ばれるもので有名な実験を行った人ですがメインでは出てこないような話がたくさんあるんです。伝記は一連のストーリーがあるんですよ。子どもが読む本は史実に少し脚色を入れて読みやすくなっているし、起承転結がちゃんとあるんですよね。その人の一生みたいなものがすごく楽しくて、ファーブルとかは大人になってから読んでも面白かったです。

――では、学生時代に読んでいた作品や作家さんは?

 中学生の頃は片岡義男さんあたりから入って、その後に山田詠美さんなどが出てきたので、高校生の時はいろいろ読んだし、大作と呼ばれる作品も読んでいました。

 恥ずかしい話ですが、僕は大人になってからも小中学生用に書いたものの方が面白く読めるんですよ。大河ドラマに出る時も、資料として最初に読むのは小中学生用の伝記や歴史本なんです。大人向けの歴史本は、大体ピンポイントで書かれていて「点」。子ども向けの方は「線」でつながっているように読める。それを押し付けているわけでもなく素直に入ってくるし、その人の感情が入っているところに夢を感じるんですよね。そこが本の好きなところで、今作のような短編でもいろいろな世界に連れていってくれました。

――ぜひ、おすすめの小説を教えてください!

 例えば、情景が目に浮かびやすいものや、怒りや悔しさ、幸福感など、読んでいて心を動かされる作品も好きですが、その真逆の世界観として1作挙げるなら、立原正秋さんの『冬の旅』はインパクトがありました。自分の母が義兄から凌辱される現場を目撃した男の子が無実の罪をかぶって少年院に送られるんだけど、 そこでどんなことを考えていくのかという描写が想像するだけで胸に迫るものがあって、読み応えがある本だなという印象を受けました。人に勧められて食べに行ったら想像以上に食べごたえがあった、といった感覚でした。

固定観念やこだわりは持ちたくない

――以前、あるインタビューで「いろいろな世界の人たちと出会って、価値観を変えることが大事」とお話ししていましたが、特にご自身の中でそれを実感したエピソードはありますか?

 もう、しょっちゅうですよ。そもそも僕は「こうじゃなきゃいやだ」というこだわりがなく、これからもそう生きていきたいので、今日嫌だと思ったことも明日は好きになるかもしれない。それこそ多聞のように、いろいろな人に流されて、受け入れながら生きていけたらいいなぁ。

 人間は、大人になればなるほど「これはこうだ」と決めてしまいがちだと思うんです。子どもの時は未知数で分からないことが多いけど、大人になって「これはこういうもんだ」という価値観を持ちたくないです。それに、自分の考えが正しいとは思いません。言葉に責任がないように思われるかもしれないけど、今日言うことと明日言うことは違っていて当然だと思います。もちろん「こうだ」と一貫して自分の意見があるのは素晴らしいこととも思いますが、誰だって何が正しいかを判断することはできないでしょう。

 今の時代に「正しい」とされていることが100年前に正しかったか、100年後も正しいかどうかなんて分からない。だから自分の価値観がすべてだとも思わないですし、間違えている人が間違っているということでもなくて、それぞれの価値観があっていい。僕は人にどう思われようと、様々な経験をして、その都度変化しながら生きていった方が楽しいのではないかなと思います。