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王谷晶さん「ババヤガの夜」オーディオブック化 朗読・甲斐田裕子さんと語る「主人公と疾走する気持ち」

甲斐田裕子さん、王谷晶さん=篠塚ようこ撮影

好書好日の記事から

王谷晶さん「ババヤガの夜」どんな本? 日本作品初、英ダガー賞を受賞したシスターバイオレンス小説

ダガー賞受賞とその後の喧騒を経て

――あらためて『ババヤガの夜』でのダガー賞受賞、おめでとうございます。受賞から数カ月を経て、ようやく落ち着いた頃でしょうか。

王谷:そうですね。夏頃は本当にたくさん取材をしていただきました。ただ、『ババヤガの夜』は自分が何かしたというより、翻訳を担当したサム・ベットさんの仕事に対する評価だと思っています。私としては上手いタイミングに乗れたんだろうという感じで特に変わらず、でも今後のプレッシャーだけは増えたな、と思っています。この仕事を始めて十数年、40も半ばの年齢ですから、はしゃげる元気もさほどありません(笑)。

――その『ババヤガの夜』が今回初めて日本語でオーディオブック化されました。作者としてはオーディオブック化と聞いて率直にどう感じましたか。

王谷:読んでくださる方の幅が広がることはもちろん嬉しいです。視覚に不自由のある方たちにも作品を届けられるという意味でも、アクセシビリティの向上につながるのであれば光栄なことだと思いました。うちの母もよく仕事の合間にオーディオブックを聴いているので、実家に行くとよく一緒に聴いたりもしますね。

 ただ、最初の段階から「一人の方による朗読形式」と聞きましたので、人様に、それもプロの声優さんに読み上げさせていい作品なのだろうか、という気持ちが多少はありました。登場人物も多いし、男性も女性もいる、年齢もバラバラ、さらに言うと口にするのもはばかられるような非常によろしくないセリフが何度も出てきますから(笑)。

――朗読を担当した甲斐田さんは、『ババヤガの夜』を読んでどんな感想を抱きましたか。

甲斐田:物語として面白く読みつつ、「これをオーディオブックにするのは難しそうだ」というプレッシャーも感じました。アクションシーンをどう表現するか、どこまでフラットさを保ち、どこまで演技らしさを入れるか、などを考えつつ、主人公の新道依子と一緒に疾走するような気持ちで読み進めました。

 収録現場ではディレクターさんたちと「ここはもう少し芝居っ気を入れよう」「ここはフラットに」と調整を繰り返しながら、作品の良さを消さないように最大限の努力をしました。難しかったのは、次から次へとヤクザが出てくることです。もっとヤクザ映画を見ておくんだったと後悔しましたし、古いヤクザ映画を片っ端から見て勉強しました。

王谷:私はオーディオブック版を聴いて、率直に「すごい」と思いました。極端に声色を変えているというわけではないのに、誰が喋っているのかが全部わかる。小説ではセリフを「」で括って表現しますが、私は前後の地の文でそこまで詳しく説明しないんですね。だから、オーディオブックだとわかりづらくなるかもしれないと不安があったのですが、誰のセリフかがきちんと伝わってきました。

甲斐田: 登場人物の口調には苦労したので、そう言っていただけてホッとしました。舞台で何役かを演じ分けることはありますが、性別も年齢も異なる多数の登場人物を声だけで演じ分けるのは私自身も初体験でしたから。

声が吹き込まれキャラクターが立体的に

――甲斐田さんは声優として人気作品でも多数活躍しているベテランですが、オーディオブックの朗読は今作が初挑戦だそうですね。

甲斐田:声優仲間から「オーディオブックは大変だよ」と常々聞いていたので、今回のお仕事の依頼が来たときは「ついに来たか」という思いもありました(笑)。それでも、AIが読み上げをできるようになった時代だからこそ、人間ができる朗読表現を模索して、きちんと作品として形にしたかった。私の声の印象が加わることで、新たな『ババヤガの夜』を表現できたら、と願いながら収録に向き合いました。

王谷:私にとっても作品を日本語でオーディオブック化してもらうのは今回が初めての経験なのですが、可憐なお嬢様からドスの利いた兄貴分まで、自分が描いたキャラクター一人ひとりの声の響きが、すごく立体的になっているのを感じられました。

 それが一番表れていたのが主人公の依子です。彼女はデカくて強くておっかない女性なんですけど、作中の設定ではまだ22歳なんですね。甲斐田さんの声で表現された依子は、そのデカくて強くておっかないけれども、22歳の若者でもあるんだという感じがすごく伝わってきました。

 終盤で、ある人物が話す独特の抑揚のないトーンで話すシーンも、生身の声だけで見事に再現されていて本当に驚きました。

 もうひとつ、本編の後に私の「あとがき」も朗読していただいているのですが、その甲斐田さんの声がすごく格好いいんですよ。声がいいから、文章もいいことを言っているっぽい(笑)。

甲斐田:よかったです。でも大阪弁を話すキャラクターだけは自分の中で納得できなくて、OKは出たものの、大阪弁の話者に教えてもらった上で、再度録り直ししてもらったんですよ。方言はなかなか難しいですね。今の自分にどんな引き出しが足りないのかを気付く機会にもなりました。やっぱり日々、インプットと勉強を続けないといけませんね。

 

自分の欲も大事にしないと続かない

――ソリッドでドライブ感がある地の文章の表現に関してはいかがでしたか。

甲斐田: 地の文から始まる物語の導入部は、収録に入る前から自分なりに最も稽古を重ねた部分です。聴く人に世界観をイメージしてもらいやすいように、音や表現、速さ、いろんなパターンを試行錯誤しました。スピード感のある文章なのですが、単にベラベラ速く喋ると内容が伝わりづらくなるので、その調整が難しかったですね。

王谷:実際に通して聴いてみると、あらゆる意味で一人の声優さんに読んでいただいてよかったなと感じました。キャラクターの演じ分けの意味でも、物語全体の仕掛け的な意味でも。最後まで聴いてもらえたら、その意味は伝わると思っています。

――サム・ベットさんという優れた翻訳者を得たことで『ババヤガの夜』が海外にも広がったように、甲斐田裕子さんという声のプロの力によって作品の届く範囲がさらに広がるはずです。一作丸ごとを声で表現しきった今の心境は?

甲斐田:最初に読んだときの面白さ、胸の高鳴り、「そうだったんだ!」という驚きを、一人でも多くの人に感じてほしいなと思っています。今回は私の声を通した作品になりましたが、シェイクスピアの芝居が何百年もさまざまな役者で演じられているように、『ババヤガの夜』も別の方が読めばまた違う作品になるはずです。個人的には、男性が読んだバージョンでも聴いてみたいですね。

 

王谷:すでに一度読んでくださった方にも、ぜひプロによって音声化された『ババヤガの夜』を聴いていただけたら嬉しいですね。私自身がすごく楽しめましたから。

――「ダガー賞受賞によってプレッシャーが増しただけ」と先ほど話されていましたが、王谷さんは今後、作家としてどのような作品を書き続けていきたいですか。

王谷: 読む人に面白がってもらえるもの、そして自分が読みたいもの。つまらない答えですが、追求していきたいのは、この2つだけです。

 というか、自分は結局そういう風にしかやれない作家なのだと思います。長く書き続けていくためには、やっぱり自分の欲も大事にしないと楽しくない。

 幸い、自分の欲の部分が世間一般の人たちが好む部分とさほど離れていないので、そこの楽しさを融合させるのはそんなに苦じゃないタイプなのかもしれません。

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