読書感想文が書けないときに読む物語
―― 額賀さんは読書感想文講座の講師としても活躍されていますが、読書感想文の書き方のコツをレクチャーするようになったのは、弟さんがきっかけだそうですね。
私には弟が3人いるんですが、一番下の、15歳年の離れた弟が読書感想文に苦戦していると親から連絡をもらったことがあったんですね。当時、私はすでに作家デビューして東京で暮らしていたので、読書感想文の書き方のコツをA4用紙2、3枚にまとめて、これを見て書きな!と送りました。
我ながらいい感じにまとまっていたので、読書感想文に手こずっている小中学生にも役立つかなと思って、夏休みの時期に何度かSNSに上げてみたんです。すると、ある書店さんから「プリントして配っていいですか」と問い合わせをいただきました。快諾したところ、SNSに上がっていた画像を印刷して、くるくるまとめて輪ゴムで止めたものを書店さんで配ってくださって。それを見た文藝春秋の担当から、読書感想文のイベントをやりませんかと声をかけられて、2021年に初めて読書感想文の書き方講座を行いました。
―― 講座の模様は電子書籍『読書感想文を苦しまずに書く』(文春e-Books)にまとめられていますね。今回改めて読書感想文をテーマに執筆されたのは、何かきっかけがあったのですか。
何年か前からぼんやりと、読書感想文をテーマに小説とハウツー本を合体させた作品を書けないかと考えていたんですよね。毎年夏が来るたび、多くの人から必要とされているテーマだと感じていましたし、最初にやった者勝ちな企画なので、誰もやっていないうちにやらなきゃなと。私自身いろいろと思うところのあるテーマでもあったので、作品として書き上げることができてよかったです。
―― 児童書は2023年の『ラベンダーとソプラノ』(岩崎書店)以来2作目ですね。どのくらいの年齢の子に向けて書きましたか。
『読書感想文が終わらない!』は、小学校中学年か高学年ぐらいから読んでもらえたらというイメージで書きました。ちょうど読書感想文に手こずり始める年頃ですし、ゲームや動画など楽しめるものの選択肢が増えて、読書から離れるタイミングでもありますよね。
―― 読書感想文にまつわる悩みや不安は、どんなものが多いのでしょうか。
私は自分の公式サイトを持っているんですが、解析ツールを入れているので、どんな属性の人がどういう検索ワードでサイトを訪れたかがわかるんですね。毎年夏休みが始まる頃になると、流入が爆発的に増えるのが「私の著書のタイトル 読書感想文 例文」というワードの組み合わせ。たとえば、「タスキメシ 読書感想文 例文」とか「ラベンダーとソプラノ 読書感想文 お手本」みたいな感じですね。
それを見て思ったのは、きっとお手本を読んで参考にしたいんだろうなということ。中にはそのまま丸写ししてやろうという人もいるかもしれませんが、多くの人は、どう書けばいいかわからなくて困っているんじゃないかなと。
私も新入社員時代、クライアントに送るメールが特殊な内容のときは、Googleで「取引先 お悔やみ メール 例文」などと検索しましたし、いつもの取引メールも上司が書いたメールを参考に書いていました。読書感想文だって、お手本なしでいきなり書くのは難しいですよね。書き方がわからない子たちは「思ったことを書きましょう」なんて言われても、なす術がないじゃないですか。子どもたちが必要としているのは、もっと具体的なノウハウやテクニックなんじゃないかなと感じています。
読書感想文は「自分のことを書く作文」
―― スイミングスクールに通う栄人、友達グループとの関係に疲れてしまった優衣、本を読むこと自体に苦手意識を覚える虎太郎、難関中学合格を目指して勉強中の颯佑など、登場する小学生たちはどの子もとてもリアリティがあります。
この本は、ハウツーの要素はありつつもハウツー本っぽく見えない、共感できる読み物に仕上げたいと思っていたんですね。小学生たちがそれぞれの悩みをいかに解決していくかを、読書感想文を使って読みどころにしたかったので、特別な境遇の子はあまり出さないようにしました。イメージしたのは、教室を覗けばこういう子いるよね、という距離感の子。今の小学校高学年の子たちがどんな悩みを持って学校生活を送っているのかを想像しながら描いていきました。
―― 中学生のフミちゃんは「読書感想文ってさ、自分のことを書く作文なんだよ」と小学生たちにアドバイスします。これはそのまま額賀さんのアドバイスでもあるわけですが、いつ頃からそんな風に考えるようになったのですか。
小学校低学年のとき、私の読書感想文を先生が添削して、コンクールに出してくれたことがあったんですね。もともと私が書いた感想文は、どちらかというとあらすじが多くて、そこに自分の感想を付け加えたものでした。子どもながらに、自分が読んだ本の内容を初めから終わりまで書いておかないと、どこがよかったかが伝わりにくいと考えたんでしょうね。
でも、先生のアドバイスであらすじをぐっと削って、書き出しから具体的なエピソードを盛り込み、エピソードがメインの感想文として書き直したところ、コンクールで入選することができたんです。あらすじよりも自分のことをもっと書いた方がいいんだな、とこのときに思いました。
―― あらすじで文字数を稼げば楽、と考えている子も多いような気がします。
その発想がそもそも間違っているんですよね。本を一冊読んで、その内容を400字とか800字に要約するって、結構難易度の高い行為なんです。
全体の文意を捉えて、省くべきところと省いちゃいけないところを見極め、元の文章を読んだとき得られる結論と、要約したものを読んだときに得られる結論がブレないようにしないといけない……これって、大学受験の小論文対策とかでやることですからね。自分のことを書く方が、断然楽なんですよ。
読書感想文を通じて、自分の気持ちと向き合う
―― 小学校では、読書感想文を書く前の準備として、「この本を選んだ理由」「印象に残った場面」「どんな気持ちになったか」などを書き込む“読書感想文お助けシート”のようなものが配られることもあります。これについてはどう思いますか。
右も左もわからないのに、いきなり本を読んで思ったことを書きましょうと言われても難しいので、お助けシートはありだとは思うんです。ただ、お助けシートを渡しただけで作文指導を終えたつもりになっているのなら、正直まずいよなと感じていて。本当なら、そこからいかに自分なりの読書感想文を書いていけるか、ということをもっとしっかり教えるべきだと思うんですよね。
読書感想文コンクールの入選作品をお手本として見せるのもおすすめです。友達や家族とのエピソード、クラブ活動のことなど、自分の日々の体験を書いて、そこに物語の中の印象に残った台詞や文章をリンクさせて、それに対してこんな風に思いましたと繋いでいくと読書感想文ができあがっていくよ、と入選作品を例にアドバイスすればわかりやすいと思います。
今回『読書感想文が終わらない!』には、登場人物たちが書いた読書感想文を載せました。それぞれの読書感想文を読んで、なるほど、こういう風に書けばいいんだ、と参考にしてもらえたらいいなと思っています。
―― 第5話の「感想文は、自分の心を見つめる時間なんだと思う」というアドバイスも印象的で、まるで読書感想文セラピーだなと感じました。
私は作文コンクールの審査員として、全国から届いた作文100本近くに目を通すことがあるんですね。読んでいると、与えられたテーマについてどのくらい真剣に向き合って書いたのかが伝わってくるんですよ。
たとえば「将来の夢」というテーマだとしたら、夢らしきことをさらさらっと書いて、「生まれた町に貢献できるようがんばりたいです」とありきたりな文章で締めた作文と、そこから一歩踏み込んで、自分の将来のことをじっくり考えて書いたんだろうなという作文の違いは、読んでいてわかります。上位に残る作文は、自分自身としっかり対話した上で考えたこと、思ったことを文章にしているんですよね。
読書感想文も、本を読んでみて「面白かった!」という感想があったとしたら、なぜ面白かったのか、どう面白かったのか、「この台詞が好きでした」と思ったのなら、なぜその台詞が好きなのか、と自分自身に問いかけてみると、自分の心の奥底まで考えを巡らせられると思います。
―― どう面白かったのかを考えて言語化するということ自体、面倒くさいと感じてしまう子も多いかもしれません。
そうですよね。でも、自分の感情にはちゃんと出どころがあるんだと知っておくのは、すごく大事なことです。出どころが見えないせいでうまくいかないことって、人間いくらでもありますから。
たとえば学校生活の中で、「友達がムカつく」という感情があったとします。「ムカつく」で終わってしまうと、その子に対する攻撃的な感情だけになってしまいますが、「なぜあの子がムカつくんだろう」と自問自答してみると、「あの子は私ができないことを軽々とやって、周りに褒められているから」みたいなことがわかったりする。さらに掘っていくと、「あの子が悪いのではなくて、自分ができないことに対する苛立ちをあの子に向けてしまったんだな」とか、「私はうまくできないけれど、がんばっているってことを誰かに認めてほしいんだな」といったことに気づいたりするわけです。
子どもを例にしましたが、これって大人でもあることですよね。だから、自分がうれしいとか、悲しい、ムカつく、つらいなどと感じたら、その感情がどこから来ているんだろうと考えてみてほしいんです。読書感想文を書くことは、そういった自分の気持ちに気づくきっかけにもなるんですよ。
読書も読書感想文も、もっと気楽に
―― この時期、子どもの読書感想文に手こずっている親も多いと思います。『読書感想文が終わらない!』を子どもに手渡すことの他に、何かアドバイスはありますか。
読書感想文に関して親ができることは、子どもが感想文を書こうとしている本を、お父さんやお母さんがとりあえず先に読んでおく、ということですね。親が先に読んで、そのあと子どもが読むようにすれば、なかなか読み進められていなくても、「もう少し読むと面白いことになるよ」などと都度アドバイスできるじゃないですか。
読書感想文を書く段階になってからも、親が内容を知っていれば、「お父さんはあのシーンでこう思ったよ」「お母さんは登場人物の中であの子が好きだったな」みたいな感じで、子どもとの感想のキャッチボールの最初のボールを投げることができます。それだけで全然違うと思いますよ。
――『読書感想文が終わらない!』を通じて伝えたかったのは、どんなことですか。
この本の1ページ目から最後のページまでを通して、ずっと言いたかったことはひとつ。読書も読書感想文も、そんなに難しいものじゃないんだよ、ということです。読書はそんなに高尚なものでも、姿勢を正してやらなきゃいけないようなことでもないので、もっと気楽にやろうよ、と伝えたいですね。
本は決して最後まで読み切らないといけないものではないし、読んだ上で自分の心が成長しなきゃいけない、というものでもありません。もっと肩の力を抜いて読めば、読書がより楽しくなるし、読書感想文も気負わずに書けるようになるんじゃないかなと思います。
デビュー10周年記念作品『天才望遠鏡』
―― 2015年に松本清張賞と小学館文庫小説賞のW受賞でデビューされた額賀さん。10周年記念作品として出版された『天才望遠鏡』(文藝春秋)は、天才中学生棋士、オリンピック金メダリストのフィギュアスケーター、今をときめく売れっ子小説家など、数多の天才とその周りの人たちを描いた連作短編集です。見どころを教えてください。
狙ったわけではないんですが、青春、スポーツ、音楽、仕事など、私が10年間で書いてきた要素が全部詰まった短編集になりました。とくにスポーツや音楽を題材に書くことが多かったので、私の作品には常に「天才」として注目される人と、そうでない人が登場するんですね。あえてその部分を主題に持ってきたので、少し大袈裟かもしれませんが、これまでの集大成のような作品になったなと感じています。
「天才」って、到底届かない輝かしい何かを持った人に対して、周りの人間が自らを鼓舞したり、逆に自分の中で諦めをつけたりするために使う言葉だと思うんですよね。誰もが自分も何かしらの天才でありたいと切実に思っているし、天才と呼ばれる人たちにだって、それぞれの思いがあります。抽象的に使われがちな「天才」という言葉が、実際に人と人との物語としてどういう形になるのかを楽しんでもらえたらうれしいです。