- 『環境地政学』 アドリアン・エステーヴ著 中野佳裕訳 文庫クセジュ 1540円
- 『大田昌秀 沖縄の苦悶(くもん)を体現した学者政治家』 野添文彬著 中公新書 1078円
国家は何のためにあるか。国境を超えた問題には対処困難で、国内にも差別的な構造がある。国家の存在意義を問う2冊を取り上げる。
(1)は気候変動という死活的テーマを従来の国際関係論が適切に論じられない現状を批判し、環境地政学という新たな学問潮流を紹介する。経済成長至上主義、資源の収奪、植民地支配、自然の支配、男性中心の社会といった近代世界の諸相こそが問題の同根だ、と著者はラディカルに論じる。改善のためには、エコロジーの観点から、国家中心の権力と安全保障の議論を再考したいという。個人と地球システムの安全保障が、大事だからだ。地球が悲鳴をあげているかのような猛暑の今こそ、仏語、英語の最新研究を紹介する本書をひもときたい。
近代国家の矛盾は、ある学者政治家によっても長らく指摘されてきた。(2)の主人公、大田昌秀だ。久米島に生まれ、沖縄戦で九死に一生を得、琉球大学教員として沖縄の日本復帰を論じたのち、沖縄県知事、参議院議員を務めた大田にとって、沖縄とは、日本とは何かという問いは生涯避けられぬものだった。伊波普猷(いはふゆう)やフランツ・ファノンを参照して沖縄のもつ普遍的価値を探究し、また政治家として基地問題や女性政策、平和政策にも取り組んだ。理念と現実のあいだで大田は苦悶したが、それは日本の近代史が抱えた矛盾だったと著者は理解を示す。「日本人というのはなんですか」。大田の問いかけは、今も痛切に響く。=朝日新聞2025年8月9日掲載