「松本清張の女たち」書評 卑屈にならず公平なまなざしで
ISBN: 9784103985112
発売⽇: 2025/06/26
サイズ: 19.1×2cm/240p
「松本清張の女たち」 [著]酒井順子
新聞社の政治部や経済部で働いてきたが、業界の内情を手っ取り早く知るため、よく小説を読んだ。勉強になったが、不満は男性作家だと大家でも女性の描き方があまりに定型的なこと。ヒロインでも悪役でも、枠を出ないというか、ちと大げさに言うと男性の妄想の檻(おり)の中というか……。
だが松本清張の女性へのまなざしは違った。著者という観察者を得て鮮やかによみがえった。
清張は「推理小説界において男女の機会均等実現に挑戦」した。それは進化する。初期は著者分類による「お嬢さん探偵」が活躍。美人で高学歴、処女だが「彼女に好意を抱く男性がサポート」。明るいが心の闇を持たず、ツルッとして物足りない。定型文モードだ。
だがお嬢さんたちはやがて転落するようになり、「悪女」が登場。乱倫、殺人、何でもあり、タブーにどんどん踏み込む。「不倫」や「黒い精神」の「機会均等」だ。
清張は男女の分け隔てなく、時には女性ゆえの暗黒に深く沈潜する。もちろん今なら相当疑問符のつく見方も。「痩(や)せぎす」「不細工」「守銭奴」と三拍子そろった「オールドミス」の描き方など、救いようもなくおどろおどろしい。だがそんなオールドミスが経験する会社生活の理不尽さと男性社員の醜さも微細に描写、問題提起する。かくて檻は破られた。
その出発点は、彼の自己認識にあった。非モテの自覚である。編集者時代の澤地久枝に「どうすれば女性にもてるかね?」と率直に繰り返し聞いたという。卑屈さやひがみを越え(これが重要)、しかも他の女性編集者によれば「モテたわけではないけれど、人としての人気がある」。女性編集者にお茶出しや掃除が強いられた時代に「男女の差なく接していた」。
カッコつけない(高名になるほどこれは難しいであろう)自己認識と女性へのまっすぐな尊敬、公平さが、飽くなき探究とリアルな活写へと至ったのである。
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さかい・じゅんこ 1966年生まれ。エッセイスト。『負け犬の遠吠え』がベストセラーに。『枕草子REMIX』など。