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映画「九龍ジェネリックロマンス」主演・水上恒司さんインタビュー 失った悲しみを、違うベクトルの感情で

水上恒司さん=有村蓮撮影

(C)眉月じゅん/集英社・映画「九⿓ジェネリックロマンス」製作委員会

初めて30代の役を演じて

――出演のお話がきたとき、どんな思いで受けましたか?

 これまでも、自分の実年齢より年上の役を演じることはありましたが、工藤は撮影時9歳年上の34歳。30代の役は初めてでしたし、ただの30代じゃない、心に痛みを抱えている男です。その役を演じるということを「お前はどうする?」と問われているようで、それが嬉しくもありました。どこまでできるかわからないけど、120%期待に応えたいなと思いました。

――撮影前に、眉月じゅんさんの原作コミックは読みましたか?

 はい。作品に描かれていない余白がいいなと思いました。最近、「無知の知」という言葉を知りましたが、自分が知らない、わからないということを、わかってやっている感じが伝わってきて、答えを読者に委ねている、想像させているところに作品の魅力があるんじゃないかなと思いました。

悲しい過去なんてなさそうに見えるけど…

――水上さん演じる工藤は、誰にも言えない過去をもつ難しい役どころですが、役作りで意識したことはありますか?

 僕は、家族とか恋人、友だちとか、大切な人を失ったことがないので、本当の意味では工藤の抱える痛みをわかっていないカラダであり、素材です。だけど、僕のどこかにある大切なものを失いたくない、失ったらどうなるんだろうという感情を想像し、その感情をブワーッと引き上げて広げていくようにしました。物語の前半は、その思いを隠して、悲しい過去なんてなさそうに見えるけど、でも「誰でも何かしら痛みをもってるよな」と感じさせるところが、工藤の魅力であり、この作品の大きな役割なので、それをいかに体現できるかを池田千尋監督と一緒に作り上げていきました。

――具体的に、どうやって感情を引き上げていったんでしょうか?

 最近、悲しいから悲しい顔をする、みたいな直接的なものではない、別の表現方法を考えているんですけど、なかなか難しいですね。今回は、大切なものを失った悲しみを、ちょっと違うベクトルというか、裏返しの感情みたいなものをぶつける、という手法をとりました。カメラの前で経験がないことを演じる、ゼロから1にするのは、めちゃくちゃ難しい作業ですが、自分の中にある0.00001くらいの工藤のエッセンスをグワッと広げていく、それくらい地味な作業をしている感覚でした。その地味な作業がすごく大事で、未熟で至らないところはたくさんあると思いますが、スクリーンに映っているのが全てだと思います。

――ふだんから、感情の引き出しを増やすために意識的にしていることはありますか?

 誠実に生きるくらいですかね。正しいことをするとかではなく、自分がなんでそのときにそう思ったのか、醜い部分や負の感情もあって、そういうときにも他人に迷惑をかけない範囲で自分の感情を味わう。自分との向き合い方、それに尽きると思います。

――ノートに書き留めるようなことはしていますか?

 役作りのノートがあって、デビューして1年目くらいから書いています。仕事とは関係ないところで聞いた話や言葉を書き留めておいて、それがなにかのヒントになることもあります。後から読み返して、ああ、こんなこと書いてたんだとか、今はこの感覚は薄まってるなとか、忘れてたなとか、もっと違うことを考えてるなとか、発見がありますね。工藤を演じるときも痛みについて、いろいろ感じたことを書いていましたが、何を書いたか忘れました(笑)。

男って生命として弱くてもろい

――心に痛みを抱えた工藤。いい意味でくたびれた感じもあって、とてもよかったです。演じてみていかがでしたか?

 男って弱いじゃないですか(笑)。肉体的に力は強いけど、生命として弱くてもろい、その感じを出したいなと思いました。役作りとして鍛えて体を大きくしたけど、繊細な部分もある。令子を抱きしめるシーンがあるんですけど、抱いてはいるんだけど抱かれているように見えたらいいなと思って。そういう男のダメな部分があるところが工藤の魅力なんじゃないかなと。でも、工藤の弱さとかもろさみたいなものは、きっと女性も持っていると思うので、受け入れられる人がいてほしいなと思いました。

――工藤という役柄は、これまでの水上さんのイメージからは意外性がありましたが、ご自身ではいかがですか?

 僕とは全く違うけど、でも、遠からず近からず、ですかね。僕の中にないものは作れないので、僕のどこかにある要素だと思います。へらへらしてる感じとか、僕もTPOや一緒にいる人によって、自分の役割を考えて演じているときがあるので。自分の弱さを隠そうとするのも、工藤は意識してないと思うんですけど、そういう部分は共感しますね。

――ご自身が34歳になったときは、工藤みたいになるかもしれない?

 いや、もっといい男になりたいです(笑)。

――相手役を演じた吉岡さんの印象は?

 華やかさがある方ですね。現場では、楽な選択肢を選ばないところが頼もしかったです。僕もそういう姿勢は大事だと思っているので、吉岡さんとご一緒できて刺激的でしたね。僕が演じる工藤と、吉岡さんが演じる鯨井令子と鯨井Bの生々しさみたいなものを大事にできればいいなと思っていました。工藤として、すごく心を掻き乱されましたし、かわいらしい部分もあって、一緒に演じておもしろかったです。

――監督から言われて印象的だったことはありますか?

 初めてお会いしたときに、「水上くんの一番中にあるものを私はつかみたい」って言われました。初対面で言われて、すごい露骨な人だなと思いましたけど、嬉しかったです。役者と監督の関係性って、いろんなやり方があって、池田さんのやり方が正解かわからないし、いろんな正解があると思うんですけど、とてもいい経験になりました。今も、月一で飲みにいくぐらいの仲になったので、そういった意味でもうれしいですね。

――作品のテーマのひとつが「懐かしさ」ですが、水上さんが懐かしさを感じるものはなんですか?

 18歳までの経験がその後の人生を決めるっていいますが、その期間に感じたものは全部懐かしく感じるんじゃないかなと思います。そのときに見た光景とか気温とか、誰かに対して自分が何を思っていたかとか、どうしたかったとか、そういうことを五感で覚えています。

 一番覚えているのは、小学4年生の頃。優秀な先輩方がたくさんいる野球のクラブチームに所属していて、父親のアドバイスもあって、レギュラーに食い込んでいくために野球に真剣に取り組みはじめたんです。夏にヘルメットをかぶって、バイパス沿いを自転車で練習場にいったときの、車の排気ガスとか熱気とか、砂利道を走るときにスリップしたら危ないなとか、ちょっとした坂道で足がきついなとか、でもがんばってそこへいきたいみたいな、そのときの感じが懐かしいですね。