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AIと倫理 リスクから守るガードレールを 横山広美

中国で開かれた「人型ロボット運動会」。サッカーの試合ではボールを追いかけた=8月15日、北京市

 AIの浸透はすさまじい。これまでアメリカでは、コンピューターサイエンスを学ぶと高い初任給が約束されていた。しかし簡単なプログラミングは生成AIで間に合うようになり、ビッグテックは新卒採用を控えている。職業がAIに置き換わることは人手不足の日本に朗報であるが、職業が奪われる現実も迫ってきている。

共生は可能か

 イーロン・マスクは2040年までにヒト型ロボットが人類の数を超えると大胆な予測をした。工場や介護などで労働力不足を補うロボットは日常に溶け込み、人間との共生が始まるという。しかしもしそれが、子供の姿をしたAIロボットだったら? ノーベル文学賞受賞者のカズオ・イシグロの『クララとお日さま』(土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫・1650円)は、礼儀正しい少女の姿をした、年ごろの子供の成長を助けるAIロボット、クララが主人公の物語である。クララは献身的に子供に尽くすが、母も育ててもらった子供も、長く世話になり交流していても、クララを人と思わない。その子が大学に進学することになり必要がなくなると、捨てられてしまう。その一方で、ロボットは人間の感情を模すため、そこに人間らしさを感じることで、私たちにとって大事な存在になりうることも、この小説は教えてくれる。

 こうした問題は古くから語られ、科学技術の倫理分野で議論が重ねられている。中でもウィーン大学の倫理学者、M・クーケルバークの『AIの倫理学』(直江清隆ほか訳、丸善出版・2640円)は、倫理学、哲学領域のAIについての議論を網羅した読みやすい著書である。プライバシーや責任の所在、バイアス(偏見)は現在にも続いている根本的な問題である。

遅い技術導入

 さて、使用に不安も多いAIであるが、日本では5月にAI利用を推進する法律が成立した。すでにあらゆる場に導入されつつあり、少子高齢化の日本社会はAIの導入に助けられることが多いはずであるが、日本の利用率は諸外国と比較して低く、企業の導入も遅れている。日本企業が安全志向であることはよく知られているが、リスクの不確実性を理由にして使用しないのであれば、避けがたい社会の変革に対応できないだろう。こうした日本の現状を打破し、利用を「推進」するために国が作ったのが今回の法律である。特に企業において利用の推進が期待されるが、日本IBMのAI倫理チームがまとめた『AIリスク教本 攻めのディフェンスで危機回避&ビジネス加速』(日経BP・2420円)は、想定される多くのリスクがコントロール可能であることを示しており秀逸である。AIの倫理はイノベーションの障害ではなく、安全を守るガードレールなのだ。一口にAIといっても複合的な側面があり、現在は自律して判断を行う「AIエージェント」の議論が盛んである。進展をし続けるAIとうまく付き合う必要がある。

 日本は科学技術の知識が高いにもかかわらず、技術導入が遅い。使い慣れたレガシーシステムからの脱却をしないと、25年以降に毎年最大12兆円の経済損失が出るともいわれており、これを「2025年の崖」という。AIを使えば、環境負荷が増えるが、それも含めて賢く素早く、ガバナンスを整え企業や組織に導入する動きをとってほしい。

 一方で人間がいつまでAIをコントロール下に置き制御ができるのかは常に不安がつきまとう。クララに心はない。合理的だと判断し抑制がなければ支配をする側にまわることもある。それは人工物をコントロールできなかったフランケンシュタインの議論とも重なる。新技術とは常に慎重な付き合いが必要である。=朝日新聞2025年8月23日掲載