民意と統治 選挙後の民主政治を続ける 齋藤純一
巨費が投じられた戦後最短の選挙戦は、自民党圧勝の結果に終わった。
今回の解散総選挙は、重要政策の是非を問うのでなく、高市早苗首相が自らへの信任を問う仕方で始められた。首相個人への授権を国民に求めるという直接選挙の色が濃い選挙だった。ピエール・ロザンヴァロンは、『良き統治 大統領制化する民主主義』(古城毅〈たけし〉ほか訳、みすず書房・6050円)で、議院内閣制の国でも政府が議会に事実上優越するだけでなく、与党が党首に追随する傾向が強くなっていると指摘している。この傾向は安倍政権にも見られたが、今回は高い支持率を背景に選挙が意図的にパーソナライズ(個人化)された。
この選挙では自公連立が解消され、保守に対抗する中道改革連合が急遽(きゅうきょ)結成された。刷新感に乏しく、基本政策も揺れたため新党は大敗を喫した。水島治郎編『アウトサイダー・ポリティクス ポピュリズム時代の民主主義』(岩波書店・3740円)は、近年ヨーロッパ各国で伝統的な政党が敗北を重ね、代わって、既存政治の外部からの新規参入が活発になっていることに注目している。蓄積する社会的不満は、現状からの変化を掲げるアウトサイダーを利するからである。日本でも、参政党の続伸やチームみらいの躍進にこの現象が見られる。
選挙で表される「民意」に応答する政治は、まともな政策を導けるのか。選挙民主主義への疑念は、政治学者の間でも浮上している。山口晃人(あきと)『エレクトクラシー・エピストクラシー・ロトクラシー 代表制デモクラシーを再考する』(名古屋大学出版会・5940円)も、選挙代表制(エレクトクラシー)を批判する。本書は、より正しい決定が期待できる「知識に基づく代表」や、ジェンダーなど多様性を反映した決定が期待できる「抽選による代表」の構想を検討し、抽選代表による決定を擁護している。
選挙は一時のムードが支配するだけではない。社会経済的に有利な層の利益を反映しがちである、政策よりも自集団への愛着・忠誠が人を動かし分断を招く、といった問題も抱えている。他方、それに代わる制度構想にも、市民が政治に参加し、統治者の権力を制御する機会が削減されるという大きな難点がある。
重要なのは、統治者に政治を「丸投げ」するのではなく、制度や政策の変更を市民が厳しく監視し、異議がある場合にはそれを強く表明する、選挙後の民主政治を続行することである。たとえば、各地の自治体で開かれている気候市民会議のように、抽選で選ばれた代表が熟議を経て政策課題について提言を行う「ミニ・パブリックス」は、市民が担う公共圏の議論にも役立てていくことができる。
今回は、若い世代を中心にショート動画が大量に拡散されるなど、市民が日々接するメディアの違いも顕在化した。これは、排他的な国民統合を求める議論が勢いづく一方で、格差の再生産に歯止めをかけ平和国家の条件をまもろうとする議論が訴求力を欠いたことにも関係している。山口二郎・中北浩爾(こうじ)編著『日本政治、再建の条件 失われた30年を超えて』(筑摩選書・1980円)は、政治改革が二大政党制を導かなかった歴史を振り返り、日本政治の現状を理解する上で有益である。
今後の国会では、選挙ではほとんど問われなかった武器輸出の制限撤廃やスパイ防止法など、社会を根本から変えるような政策も議事に載るはずである。野党が著しく弱体化した状況下で求められるのは、こうした「政策転換」が具体的に何を導くのかについて認識と議論を深め、投票とは異なった仕方で市民の意思を明らかにしていくことである。=朝日新聞2026年2月14日掲載