二十年以上前に刊行された竹内洋の労作『教養主義の没落』が、今ふたたび脚光を浴びている。シンガー・ソングライター米津玄師による「べらぼうに面白かった」という賛辞をきっかけに、異例のベストセラー復活を遂げたのだ。
本書は、大正期の旧制高校に源流を持ち、戦後日本の大学文化を支配した「教養主義」の興亡を鮮やかに解き明かす。かつて学生たちは、難解な書物を渉猟することで自己を磨き、社会の変革を夢見た。もちろん、そこには「インテリと見られたい」という虚栄心や、立身出世に繫(つな)がるという功利的な側面も潜んでいた。それでも、読書による人格陶冶(とうや)は、長く若者の憧れであり続けた。しかし、高度経済成長期を経て大学が大衆化し「レジャーランド」と化す中で、教養は力を失い、単なる単位取得のための一般教養(パンキョウ)へと貶(おとし)められていく。本書が描くのは、「教養主義」が没落していく、容赦のない過程である。
では、なぜこの「没落」の物語が、今を生きる私たちに響くのか。著者は、教養主義の死によって、むしろ本来の「教養」が息を吹き返したのではないかと示唆する。かつて教養主義は「君には教養がない」という、知識によるマウント、すなわち「象徴的暴力」の装置でもあった。その呪縛が消えたことで、若い世代は己の知的欲求や好奇心の求めるまま、フラットに享受できるようになった。
米津玄師という時代の寵児(ちょうじ)が本書に光を当てたのは、偶然ではない。情報がアルゴリズムによって選別される現代にあって、自分の立ち位置や苦悩の原因を知りたいという根源的な知への欲求は、かつてなく切実だ。教養主義という亡霊が去った今、「知りたい」への回帰は、知のあり方が揺らぐ現代を映す鏡であり、また微(かす)かな希望でもある。
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中公新書・968円。03年7月刊、19刷9万4500部。米津玄師さんのインタビュー記事は2月配信。その発言を有力書評家がSNSに投稿したことも反響を後押しした。「人文的、内省的なものに共感できるファンが多かった」と担当者。=朝日新聞2025年8月23日掲載