戦前の日本では驚くほど豊かな都市文化が開花していた。カフェーはその代表。ハイカラな洋食や珈琲(コーヒー)を運ぶのは、色鮮やかな銘仙の着物に白いエプロンをつけた「女給」たちだ。
女給ものは華やかに毒々しく描かれるのが常だが、本書は少々勝手が違う。
まず店の立地。そこは東京、上野と湯島と本郷の狭間(はざま)である。上野黒門町といった旧町名は風情があるが、この界隈(かいわい)は流行(はや)りから取り残された哀愁も漂う。それからカフェーの名前。キリスト教思想家の名を冠した高邁(こうまい)な店名だったが、綴(つづ)り間違いが発覚し西行法師の焼き物で隠すうちに「カフェー西行」となった。客も地元の男たちばかり。
なにより、働く女給がみな曰(いわ)くありげな様子である。下町のうらぶれたカフェーを舞台にスポットの当たる女給を移しながら、戦前・戦中・戦後と時代が進む、五つの連作短編集だ。
幕開けとなる一作目は、客である稲子の視点ではじまる。夫と女給タイ子の不貞を疑い、意を決して店までやって来た。竹久夢二の絵そっくりのタイ子を前にした稲子が可笑(おか)しい。罵(ののし)るどころか、美しい女性に丁寧に扱われたことで癒(いや)され、魅了されるのである。
この展開、一昔前の小説なら、女同士で取っ組み合って妬(ねた)み嫉(そね)みのドロドロした心理が描かれただろう。著者はそういった、旧弊なミソジニー(女性嫌悪)にそっと品良く砂をかける。そして様々な境遇の女たちの間に生まれる陽性の交感こそを徹底して掬(すく)い取る。女同士の気持ちの通じ合いを、祝福をもって描くのだ。
何気なく読ませるどの一文も渾身(こんしん)の描写であり、滋味深い。稲子同様、読んでいると心の強張(こわば)りがほぐれる感覚がある。その筆力でもって示される、いつの間にかはじまっている戦争が格別にリアルで恐ろしい。現在への警句に読めた。=朝日新聞2026年3月7日掲載
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東京創元社・1870円。25年11月刊。8刷11万3千部。直木賞受賞作。担当者によると50代以上の女性読者が多く、「時代に翻弄(ほんろう)されながらも前向きに生きる姿に元気をもらった」といった声が届いている。