「核不拡散体制と主権不平等」 国際政治で変わる無法国の定義 朝日新聞書評から
ISBN: 9784130362986
発売⽇: 2025/06/27
サイズ: 21×2cm/272p
「核不拡散体制と主権不平等」 [著]濱村仁
核問題が国際的な話題に上がるたび、いつも居心地が悪い。研究対象の中東諸国が、違法な核開発を試みる極悪非道の国としてばかり注目されるからだ。今年6月、イスラエルと米国がイランの核施設を攻撃した際も、中東地域研究者としてはつい、核不拡散条約に参加しないまま90発もの核弾頭を保有しているのはイスラエルなのにとか、多国間核合意から一方的に脱退したのは米国でイランではないのにとか、大量破壊兵器保有を理由に軍事攻撃しながら結局発見できなかったイラクでの失敗を米国は忘れたのかとか、文句を言いたくなる。核管理を巡る国際体制は、あまりに不公平じゃないか、と。
その不満に答えてくれそうなタイトルの本書は、まさに国際社会の「核保有をめぐる主権不平等」に切り込む。階層化された国際社会において、核不拡散体制の不平等はいかに正当化されてきたのか。
その正当化論理は、「特権の消極的正当化」と「排除の積極的正当化」からなる。最終的には核廃絶を目指すものの大国に即時に非核化を求められないので、非核兵器国は暫定的に大国の核保有を認め、自らは核保有を目指さないという「消極的正当化」。核兵器の脅威は兵器そのものの問題ではなくどの国が保有するかの問題なので、無法国には核保有を絶対許可しないという「積極的正当化」。大国たる核兵器国は無法国に比べて「賢明」なので核保有の特権を有して当然だ、とする「特権の積極的正当化」論理も、登場する。
この「無法国」の定義は、国際政治環境の変質に応じて変化してきた。第2次大戦後の枢軸国は冷戦のロジックのなかで、また反植民地主義のロジックで無法国化されたイスラエルはその後の中東和平の進展で、「無法国の扱いから脱却」した。冷戦後はイラク、北朝鮮、イランが無法国化されたが、そこには「西側世界型資格基準」の影響が色濃く反映された。米国がインドの核兵器国の地位を部分的にせよ認めたことは、無法国と大国の定義の融通無碍(むげ)性を浮き彫りにする。
加えて、2017年採択の核兵器禁止条約に核兵器国とそれに守られている国々が参加していないことは、核不拡散体制が目指していたはずの核廃絶が絵にかいた餅であることを露呈してしまった。
極め付きは、ロシアのウクライナ侵攻だ。大国もいずれ核廃絶に向かうはず、を前提に、自発的に非核兵器国の地位を受け入れたウクライナが、ロシアの核の脅威に曝(さら)されている。「賢明」なはずの大国が無法国化する現実が、眼前にある。
◇
はまむら・じん 1986年生まれ。東京大アメリカ太平洋地域研究センター特任研究員、学習院大非常勤講師(国際関係論)。本書は、東京大大学院総合文化研究科から博士号を取得した学位論文を加筆修正した。