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「となりの史学」書評 「トナリのシバフ」を学び直せば

評者: 中澤達哉 / 朝⽇新聞掲載:2025年08月30日
となりの史学 戦前の日本と世界 著者:加藤 陽子 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784620328379
発売⽇: 2025/05/29
サイズ: 18.8×2.4cm/320p

「となりの史学」 [著]加藤陽子[絵]モリナガ・ヨウ

 読みはじめるやいなや、著者の圧倒的な知識と熱量に引き込まれてしまう。議論の組み立て方も秀逸だ。確かに、本書の元はPR誌の連載シリーズ。だからなおのこと、わかりやすいのだろう。随所にマンガとコラムが挿入され、本文との絶妙な相乗効果を生み出しているのも見逃せない。
 それだけではない。歴史学上の重要な論点や認識がさりげなくちりばめられている。注意深くないと、本書の面白さは半減してしまうだろう。
 まずタイトル。「トナリのシガク」は、隣の芝生は青いの「トナリのシバフ」と、字形と音、二重の意味で似ている。そう、本書は2010年代までに日本で開催された西洋史・東洋史学系国際学会の成果と知見を、日本史学の視点で吸収し解題した一冊。近代日本が戦争を通じて関わった中国、ロシア、イギリス、ドイツとの二国間関係史を、となりの史学として整理のうえ、読者に向けてわかりやすく解釈を提示している。
 上記国際学会の主な潮流(①戦争に至る過程で双方に生じていたことは何か。②両国の指導者の意図や社会の人々の意識はどうであったか)を視野に入れつつ、特にロシア史学の提示する「パラレル・ヒストリー」に関心を示す。これは、相手国に歴史認識の完全な一致を求めず、少なくとも相手の思考や行動の根拠を理解しようと努める手法。高度な相互尊重が前提となるからこそ、近代西欧に対する日ソの意外な共通点が見いだせることも暗示される。
 出来事が生起した文脈を正確に把握する。これこそ、現代人が歴史に学ぶ意義だと著者は言う。その出来事にも複数の解釈の可能性があり、それらを詳細に検証したうえで結論を導くのが歴史学の仕事。この営為を自然と教示してくれる本書は、日本を世界と関連付けて学ぶ、または、学び直す際の縁(よすが)となろう。次は、列強や大国だけでなく、他のアジア地域との関係史も読んでみたい。
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かとう・ようこ 1960年生まれ。東京大教授。著書に『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』など▽モリナガ・ヨウ 画文家。