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「日中外交秘録」書評 交渉の裏側 冷徹・印象的な分析

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2025年09月06日
日中外交秘録 垂秀夫駐中国大使の闘い 著者:垂 秀夫 出版社:文藝春秋 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784163919874
発売⽇: 2025/06/11
サイズ: 14×19.6cm/544p

「日中外交秘録」 [著]垂秀夫

 外務省入省以来、一貫して対中外交の渦中に身を置いた外交官の回想録。この40年近くの日中外交史である。「気骨ある生き方」という形容句か、「自賛が少々鼻につく」か、読後感は二分されそうである。
 さはさりながら、外交史の裏側が正直に記録されているのは貴重である。さまざまな局面での中国との理不尽な闘いが挙げられているのだが、2022年の日本人外交官拘束事件は、さしたる理由もなく、明らかにウィーン条約違反である。会食相手の中国人ジャーナリストは、スパイ罪で懲役7年という。
 10年、尖閣諸島沖の日本領海内で操業中の中国漁船長らが逮捕された事件では、中国の圧力と抗議、対応に混乱する日本政府、報復としての日本企業社員の拘束……。著者は筋を通す外交官として実態を伝えている。
 中国の法制度、基本的な政治システム、指導部の権力闘争を冷徹に分析するのも印象的だ。
 駐中国大使として中国共産党のイベントに出席することも多かったが、「日中友好」という語は用いなかったという。これは「中国共産党の手垢(てあか)にまみれた言葉」というのだから、著者の姿勢は徹底している。これまでの対中外交は原則なき状態にあるととらえ、正確に言うべきことは言い、受け入れるべきは明確に受け入れる、という論旨は、外務省内のチャイナスクールの反省点ということになるのだろうか。
 著者は要人を含むさまざまな人たちと議論し、多くの信頼すべき友人、知人をつくっている。
 中国と向き合うときカギとなるのは、「戦略的臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」というアプローチだと説く。長期的視点での対応に徹せよ、という意味だ。今の習近平体制は、三つの視座で分析すると、全てが可視化できるという。共産党の正統性、一人支配体制、国家安全という最優先目標だ。
 日本にも新潮流の外交官像が生まれたということであろうか。
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たるみ・ひでお 1961年生まれ。立命館大教授。85年外務省入省。中国語研修組(チャイナスクール)。20~23年に駐中国大使。