ISBN: 9784065377284
発売⽇: 2025/06/04
サイズ: 14.1×19.6cm/928p
「see you again」 [著]小林篤
気が遠くなるほどに長いトンネルを抜けても、墨を流したような闇は続く。記者は「汽車」と似てるのだと著者は言う。行き先も知らされず、読者はえらく座り心地の悪い椅子に縛られる。断層をひとつひとつ突き破って進むような長旅だが、著者の凄(すさ)まじい粘着力が、途中下車を許さない。
取材・執筆に30年を費やした。足の踏み場もないほど床にばらまいたピースを、著者は何かに取りつかれたかのように繫(つな)ぎ合わせていく。
事件は1994年に愛知県西尾市で起きた。中学2年生の少年が、同級生からのいじめを苦にして自ら命を絶った。
当時、月刊誌の記者だった著者は現場に飛ぶ。暴行、恐喝といった凄惨(せいさん)ないじめの実態はもとより、学校や行政の隠蔽(いんぺい)体質、地域の複雑な人間関係などを明らかにしながら、事件の全貌(ぜんぼう)に迫った。地を這(は)うような取材をもとに、全7回もの連載記事を書いた。普通はこれでピリオドを打つ。
だが、普通でない著者は自らの記事を、意図的に組み立てた「虚構」だとしてダメ出しをする。
核心に触れていない。著者はそう考えた。たとえば少年の遺書。整った文章でありながら、死に向かった心情がいまひとつ伝わってこない。
長い旅が始まる。締め切りという制約から解放され「子どもたちの棲(す)んでいる世界をまるごと眺める視座」を得た。
言葉をむりやり奪い取るような取材はしない。遺族や友人、教師たちとの関係を築き、それぞれの成育歴をも追っていく。念入りに回り道をしながら、いくつもの「なぜ」を拾い上げ、それらは最大の疑問に収斂(しゅうれん)されていく。なぜ、少年は死を選んだのか――。
924ページにも及ぶ大部は、衝撃のエピローグで読者を啞然(あぜん)とさせる。
どう読んでもノンフィクションでありながら、あえて「架空の物語」とした真意も含め、希望と絶望が交互に織りなす長い旅路に、私はただただ圧倒されたのだった。
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こばやし・あつし 1954年生まれ。ルポライター。著書に『足利事件 冤罪(えんざい)を証明した一冊のこの本』。