【谷原書店】阿部智里さん「烏に単は似合わない」 秋の夜長に楽しむ重厚な構造もったファンタジー
酷暑も和らぎ、「読書の秋」が一歩ずつ近づいてきました。ふだん本を読まない子どもたちにも、このタイミングで何冊も手に取ってほしいです。そんな子どもたちにお薦めするなら、「ライトノベル(ラノベ)」が入り口になりますね。そんなことを考えながら手に取ったのが、今回ご紹介する『烏に単は似合わない』です。既にアニメや漫画で作品を知っており、「きっとファンタジーのラノベだろうな」と読み始めたら――、とんでもない!
人間の代わりに八咫烏が支配する世界「山内」では、「宗家」の「金烏(きんう)」が今上陛下として世を治めています。平安時代を思い起こすような「宗家」の下には、東西南北の4つの家があり、権力争いにしのぎを削っています。それぞれの人々は、日常では人の姿をしていますが、ひとたび何かが起きれば、烏に姿を変え、空高く飛ぶことができるのです。
八咫烏といえば、日本神話に登場する3本足のカラス。サッカー日本代表(男女)のシンボルマークにも使われていますよね。そんな八咫烏たちの国では今、世継ぎの「若宮」のお妃選びが始まろうとしています。東西南北の各家からは、それぞれ妃候補の姫たちが「桜花宮」にやってきます。「東家」の「あせび」、「西家」の「真赭の薄(ますほのすすき)」、「南家」の「浜木綿(はまゆう)」、そして「北家」の「白珠(しらたま)」……。
桜花宮に登殿した4人の姫たち。その性格はじつに異なっています。ほとんど何も知らずに、病弱な姉の代わりにノコノコと登殿してしまった「東家」の「あせび」。文化芸術に優れた「西家」の「真赭の薄」は、若宮とは従兄妹同士で、若宮に対し強い恋愛感情を抱いています。また、ミステリアスな雰囲気を醸す「北家」の「白珠(しらたま)」には、心に秘めた理由が。「南家」の「浜木綿(はまゆう)」は、一見がらっぱち。その4人を中心に終盤ドラマティックな展開を見せるのです。
4人の姫、4つの家の思惑が絡み、熾烈な駆け引きが続いてきます。ここまでは「ファンタジー」的要素の強い物語だな、と思うのですが、読み進めるうちに、桜花宮は、一気に不穏な空気に包まれていきます。まず、肝心の若宮がなかなか姿を現さない。送られてきたはずの文が紛失する。着物の盗難騒ぎ、姫の世話をする女房の転落死事件――。次々と事件が起こっては、謎が深まっていくなか、若宮が最終的に選ぶ姫は誰なのか。途中からは、印象をガラリと変え、重厚な本格派ミステリと化していきます。作者の阿部智里さんは、この作品でデビューし、長編エンターテインメント小説を表彰する文学賞「松本清張賞」を受賞しました。当時、阿部さんは何と20歳の大学生だったそうです。
物語は主に、「東家」の「あせび」によって語られます。本当は姉「双葉(ふたば)」が登殿するはずだったのに……。そんな視点から語られる「あせび」は、とても純粋無垢で、場違いな環境にずっと戸惑い続ける存在として描かれます。「姫たちの中で、誰が勝ち抜くのか?」。そんなふうに思いを馳せながら読み進めていくと、いつの間にか「『あせび』がお妃さまになるのかな、なってほしいな」などと考えるようになっていたのですが。ところが……。
東西南北4つの家同士の、政(まつりごと)の諍いも読みどころ。ただただ、家のために生きること、貴族としての役割を果たすこと。自分自身の本当の幸せとは何か、そんなことに思いを馳せる余裕はありません。「本音と建前」の「本音」など、一切透けさせてはいけない。もちろん架空の八咫烏の世界ではあるのですが、この国に生きる僕たちにとって、どこか想像しやすい世界に思えてくるのです。長い歴史の中で、権力の移り変わりを経て、力の「ある、なし」ではなく、「権威」と「実権」を分けていく。それは日本の大きな発明だったと僕などは思うのです。この「八咫烏」シリーズでも、「権威」と「実権」がはっきりと分けて描かれています。
いっぽう、登場人物の関係が入り組んでいるので、ちょっと読みづらいと感じる人がいるかも知れません。物語の冒頭に「宗家」と、東西南北各家の家系図が載っており、何度か立ち返って確認することになりました。たとえば今生天皇「金烏」の息子、「若宮」を産んだ「十六夜」は側室で、「西家」の人。ただ、「金烏」の正室「大紫の御前」は、「南家」の人で、「若宮」とは継母・継子の関係。そんな複雑な関係がいくつもあるのです。ああ、もどかしい。
「若宮」は果たして現れるのでしょうか。言わば彼は、謎解きの役割として描かれます。ちょうど京極夏彦さんの『百鬼夜行シリーズ』で、主人公の「京極堂」が妖怪祓いをするみたいに。若宮自身の真の人間性は、今作では詳らかには描かれていませんが、それが垣間見える場面がいくつかあります。たとえば、或る姫に対する永年の思いについて。あるいは、別の或る姫に向かって言い放つ一言。その姫の、悪意がないことによって醸し出す「タチの悪さ」を、徹底的に否定する一言があります。
東西南北、春夏秋冬、季節を進ませながら各家にフォーカスを当てていきます。「家」のために一生を殉じる、そんな「北家」の「白珠」の生き方に、ことさら切なくなります。がんじがらめになった姫には、「せねばならぬ」と自分を縛るぐらいなら、そこから解き放てば良いのにと声をかけたい。でも、僕たちもどこか似ていて、この社会に生きていると、会社や家庭内、友人関係の中でいろんな役割が自然と決められ、それが固定化されてしまっています。「白珠」は物語のなかで、人の心をなくした行動に出てしまうのですが、それでも彼女に感情移入する人は多いのではないでしょうか。
そして、そんな「白珠」にも、思いがけない展開が訪れます。「古典的だなあ」と思いながらも、ウルッとさせられてしまいました。
『八咫烏シリーズ』では、続編も刊行されています。それにしても、アニメや漫画を読んだ時は、ここまで重厚なお話だとは思いませんでした。自分の世代の体験もふまえ「ライトノベル」的魅力に焦点を当てるなら、菊地秀行さんの『吸血鬼ハンター“D”(バンパイアハンター・ディー)』(朝日文庫)や、田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』(創元SF文庫)はいかがでしょう。『バンパイア』は、物語はもちろん天野喜孝さんの絵が大好きです。幼い頃に活字をいっぱい読んでおくと、学ぶ力に良い影響があると聞いたことがあります。秋の夜長、「読む」経験をたくさん重ねるきっかけになれば、と思います。(構成・加賀直樹)