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【谷原店長のオススメ】斉木久美子「かげきしょうじょ!!」 「演じること」を人生に選んだ者たちの人間ドラマを掘り下げる

谷原章介さん=松嶋愛撮影

 未婚の女性だけで構成された神戸の名門「紅華(こうか)歌劇団」。大正時代に創設され、日本を代表する歌劇団として描かれています。その、清く正しく美しく、華麗なステージで活躍するスターたちを養成するのが「紅華歌劇音楽学校」。今回ご紹介する『かげきしょうじょ!!』は、憧れのステージを夢見て集まった少女たちが繰り広げる、青春群像劇です。

 主人公は、身長178センチの天然少女、「渡辺(わたなべ)さらさ」。紅華歌劇団の代表作「ベルサイユのばら」に登場する男装の麗人「オスカル様」になることを夢見て、東京からはるばる学校の門を叩きます。天然であるがゆえに、役に入り込み過ぎてしまい、時おり暴走する、さらさ。彼女に負けじと、共に切磋琢磨する魅力的な仲間が、たくさん登場します。

 たとえば、国民的人気アイドルグループ・JPX48を辞め、紅華にやってきた「奈良田愛(ならだ・あい)」。愛は、この物語のもう一人の主人公です。どこか、他人との距離感を掴みあぐねているのは、彼女の母親が家庭を顧みない大女優で、しかもその母親の恋人からされた過去を引きずっていることが一因です。男性恐怖や人間不信に陥る彼女も、寮で同じ部屋になった、さらさに振り回されるうち、変化の兆しが訪れます。そして、「娘役」から「男役」へと、進む道を改める大きな決断をするのです。

 ほかにも、入試トップの委員長にして「紅華ヲタ」の「杉本紗和(すぎもと・さわ)」、三代続けて入学を遂げたサラブレッド、「星野薫(ほしの・かおる)」など、音楽学校創立100周年の入学組たちは皆、夢に向かってきらきら輝いています。

 僕自身の経験を思い起こすと、役者として駆け出しの頃から、彼女たちと同様、いろいろな葛藤や悩み、壁にぶつかってきました。だからでしょうか、「深い!」と、感銘を受ける場面がいくつもあります。この物語は一見、ポップに見えます。絵柄もポップで、ノリも軽い。笑いのエッセンスもたっぷりです。けれども、「演じること」を人生に選んだ者たちの人間ドラマを、しっかり、じっくりと掘り下げてくれています。たとえば――。

 先達の役者たちの演技を、ただコピーするだけで良いか。
 身内に何か起こった時に、それでも舞台を降りずに演じ続けるか。
 主人公を演じる心構えとは。(娘役とは。男役とは。)
 同期の中で抜きん出た存在になるには。
 舞台映えのする体型を保つためには。
 そして、これはこの音楽学校ならではの悩みですが、1年目の「予科生」と、2年目の「本科生」の、それぞれの矜持とは――。

 役者の卵たち一人ひとりの、こうした葛藤が、重なり合って織りなして、物語はどんどん膨らんでいきます。同業者の端くれとして、様々な想いが去来します。それでも修練の日々は続く。新しい朝がやってくれば、また彼女たちは教室をピカピカに磨き上げ、そして教授陣らの厳しいレッスン授業が始まるのです。姿勢を正し、光ある方角へと向かい続ける。そんな彼女たちの姿に、この上ない清々しさを覚えます。

 さて、この物語はもう一つ、構造として抜群に面白い仕掛けを持っています。それは、主人公さらさが育った東京・浅草の環境です。さらさは、幼少の頃、日本舞踊を習うため、歌舞伎役者の名家・白川家に出入りしていました。男だけの歌舞伎の世界と、女だけの紅華の世界。それがリンクしていきます。浅草で畳屋を営む祖父母のもとで育った、さらさは歌舞伎役者の幼なじみ、白川暁也(しらかわ・あきや)と恋人同士。

 暁也は、人間国宝「十五代・白川歌鷗(かおう)」を受け継ぎ、「十六代」になると言われています。ここにもドラマがあって、この「十五代・白川歌鷗」は、じつは、さらさと血が繋がっているかも知れないのです。歌鷗の娘婿の歌舞伎役者・白川煌三郎(こうざぶろう)は、さらさの恋人・暁也とはまた異なるかたちで、さらさを陰ながら支え続けます。さらさのお姉さんも、のちに登場し、さらさを見つめる大人たちの様々な思いが交錯していきます。

 何よりも、「型を後世に受け継ぎつつ自らを見つめる」ことに心血を注ぐ、歌舞伎の世界と、「型を意識しつつ、自分らしさを打ち出す」ことを追求する歌劇団の世界。その対比が、じつに鮮やかなのです。

 やるせない別れもあります。それは、「紅華の申し子」と言っても良いほど、華やかな存在感を放つ生徒が、ある事情から学生生活を諦めるのです。どうすることもできない、でも、誰も悪くない。せっかく叶いかけた夢を手放してしまう、つらい場面。でも……? ここはぜひ、第16巻の完結まで読み切ってほしいと思います。

 教授陣も、人間味あふれる素晴らしい人物ばかり。とりわけ、「ファントム」と呼ばれる、元役者の演劇講師、安道守(あんどう・まもる)先生が提示する問いかけには、いちいち頷かされます。役と向き合うこと、皆と共に舞台をつくること。役者を生業にしない読者の皆さんにとっても、きっと、自分の仕事や生き方と照らし合わせ、読みごたえを感じてくださるはずです。

 過去の葛藤を抱えていた、元国民的アイドルの愛は、母親に対する複雑な想いや、人間不信を抱いた過去から脱却し、見事に伏線を回収していく。天真爛漫な主人公・さらさも、じつは、表向きにはできない「私生児」。でも、まったく陰を感じさせず、ライトにポップに描き切っている。

 他方、さらさの彼氏・暁也は、彼なりに複雑な思いを抱えています。幼い頃、ともに日舞の稽古に励んださらさが、舞台に上がった瞬間、堂々と演じる姿を目の当たりにし、「叶わない!」。僕自身、舞台や芝居をやっていて思うのは、「こいつ、叶わない!」という役者って、やっぱりいるんです。テクニック云々じゃ叶わない。そういう存在を意識した時の自分の無力さ、惨めさ……。

 たとえ経験を積んでも、たとえテクニックがあるからといっても、それで良い演技、ひとの心や胸を打つ芝居ができるわけではありません。上手、下手、そして肉体的な条件なんかを超越したところで、役者としての価値が決まってしまう面もあります。なんと理不尽なロールプレイングゲームなのでしょう。何しろ「最適解」がないのです。しかもそれは、役者一人ひとり違うし、作品によっても違う。そして、更に言うならば世相によっても違ってくる。答えがない。

 「紅華歌劇団」がモチーフとしている実在の歌劇団では、「旧態依然」ゆえの歪みが生じたのか、近年、いくつか残念なニュースを目にしました。少し前には歌舞伎の世界でも、世間を騒がせるトピックが続きました。時代に合わせ、アップデートすべきところは変えていきつつも、「変わらず残すべきところ」は残すべきだと僕は思います。若者を育成するシステムには、素晴らしいものがある。上下関係はあくまで厳しく、重箱の隅をつつくような細かい指導もあるでしょう。でも「芸事」は、ある程度の厳しさを持ち合わせないと、育ちません。

 実際の舞台で、宝塚歌劇団出身の方たちとご一緒した時に、僕がつくづく感じるのは、高いプロ意識を彼女たちが持っていること。舞台に臨むにあたっての肉体管理、準備。この『かげきしょうじょ!!』で描かれるのは、一人ひとりが役を徹底的に掘り下げ、役と向き合っていく姿。そして相手役と芝居をすることの意味を、深く探っていく姿。その思いに、改めて胸を打たれるのです。

 同じ予科生として助け合う仲間でもあり、切磋琢磨していくライバルでもある紅華音楽学校第100期生。とにもかくにも、作品において役を演じることができるのは一人の「役者」だけ。誰よりも愛してやまない仲間同士でありながら、「役を取る」「取れない」のアンビバレントと向き合う彼女たちの、何と美しいこと。健気なこと。この作品を読み、そこが本当にグッとくるところです。

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 志村貴子さんによる漫画『淡島百景』(太田出版)は、今回ご紹介した作品とは好対照で、歌劇団の中で渦巻く、さまざまなマイナスな感情を巧みに描き出しています。美しい夢を見せてくれる「宝塚」。夢を抱き、門を叩く少女たちの期待を、どうか裏切ることのないようにしてほしい。「宝塚」が、日本の演劇文化における一つの大切な柱であることには、今も昔も変わりありません。世界的に貴重な、そんな輝かしい歴史を、どうか次代に繋いでほしいと思います。(構成・加賀直樹)