1. HOME
  2. インタビュー
  3. 著者に会いたい
  4. ミロコマチコさん「島まみれ帳」インタビュー 驚きの日々挿絵とともに

ミロコマチコさん「島まみれ帳」インタビュー 驚きの日々挿絵とともに

ミロコマチコさん

 機内からボーディングブリッジに出た瞬間、ねっとりした空気が全身にまとわりついた。目が合った夫と、同じことを考えた。「ここしかないって。島が持つエネルギーみたいなものを感じたんです」

 2017年3月、まだ寒い東京から、出張で初めて奄美大島に着いた日の印象は鮮烈だった。東京での暮らしを整理し、2年後、島の借家に移り住んだ。土地を探して、夫とアトリエ兼自宅を建てた。

 収穫した野菜や果物を手に誰かが訪ねてきたり、家から3分の居酒屋に歩いて行ったら「ハブが出るのに危なすぎる!!」と忠告されたり。集落で伝わる唄や踊りは即興ジャズセッションのよう。驚きに満ちた日々を挿絵を交えてつづり、旅の人が島人(しまっちゅ)に変化していく過程を追体験できる。

 思い切った色彩とタッチで生命があふれ出すような絵本は、この十数年の間に国内外で多くの賞に輝いた。一方で11年には、美術同人誌に寄せた絵とエッセーが本になった。それを読んだ編集者に「文章も面白い」と背中を押され、本書を含めて数冊のエッセーを出している。

 東京では仕事が増え続け、忙しさは増すばかりだった。

 日中に打ち合わせをはしごして、絵を描き始めるのは夕方か夜、という日が珍しくなかった。原稿はバイク便でやりとりし、締め切りに追われて気が休まる暇もない。「今日はゆっくり料理しようとか、そういうことができなかった」

 ところが、東京への宅配便は3日かかる絶海の孤島に身を置くと、物理的な距離が心に余裕をもたらした。

 変化は作風にも現れた。かつてはトラやゾウといった身近でない野生動物への憧れがあり、「描いていると自分も強くなったような気持ちになれた」。いまは「昨日、竜(のような雲)がおったね」「あの木はケンムン(妖怪)がおるから」などという島の人たちの身近な言葉から創作のきっかけをもらうこともある。

 「東京では無理やり心を動かして絵を描いていた。いまは『あ、見えた。描きたいな』という具合で描けている。自然な流れなんです」(文・写真 伊藤宏樹)=朝日新聞2025年9月27日掲載