矢野アケミさんの絵本「ぐるぐるジュース」 指でぐるぐる、五感と想像力を刺激
——まあるいかたちの中にりんごを入れて、バナナを入れて、みかんを入れて……牛乳とはちみつを入れたら、ぐるぐるぐるぐる! さて、出来上がったのは——? 矢野アケミさんの『ぐるぐるジュース』(アリス館)は、子どもとコミュニケーションしながら楽しめる参加型の絵本だ。第1作『ぐるぐるカレー』に続く『ぐるぐるせんたく』、そして第3作の『ぐるぐるジュース』という人気シリーズの着想はどこから得たのか。
シリーズ3作目『ぐるぐるジュース』のテーマとなった、手づくりのミックスジュースが「ぐるぐるシリーズ」を思いついたきっかけです。ミキサーを真上から見ると、きれいな「まるいかたち」に見える。その中にポンポンといろんな果物を放り込んでいき、スイッチを押せばすごい勢いでぐるぐる混ざってジュースになっていく。その過程を面白く感じて、絵本にできないかなと考えました。
身の回りでぐるぐる回すものはほかにも何かないだろうかと探し始めて、見つけたのが洗濯機。絵本のダミーをつくってフリー編集者の松田素子さんに見てもらったのが、シリーズ制作の始まりでした。
「三部作にしよう」ということになり、ジュース、洗濯というテーマはすぐに決まったのですが、最後のひとつに難航。「カラフルな絵の具をぐるぐる混ぜていくとどんな色になる?」とか、「公園にある球形の回転ジャングルジムにいろんな人が入っていき、最後は犬や猫も……」といったさまざまなアイデアを出しましたが、最終的にみんなが大好きな「カレー」に落ち着きました。
——シリーズすべてに共通するのが、「まあるい かたち、なに いれる?」という導入部。あたたかみのある線で描かれたシンプルな「まる」を見ると、「これから何が始まるのだろう」と期待感が高まる。
ぐるぐるかき混ぜる容れ物のお鍋や洗濯機、ミキサーなどは、そのままのかたちを描くよりも「黒いまる」にしたほうが、より想像をふくらませることができるかなと思い、できるだけシンプルに描きました。
私が絵本づくりで大切にしたいのは、読者が自由に想像できる「余白」の部分を残すことです。例えば、2作目の『ぐるぐるせんたく』(アリス館)でも、この「まる」が洗濯機なのかどうかは分からない。もしかしたら、丸い大きなタライを使って洗濯しているのかもしれないですよね。
一方で、「まる」の中に入れていくものに関しては、ディテールや色づかいにこだわりました。『ぐるぐるジュース』では、りんごやバナナ、みかん、いちご、ぶどう、パイナップルと次々にいろいろな果物が登場しますが、色鮮やかに美味しく見えるように描き込んでいきました。
——果物を「ポン!」と入れたり、クライマックスに「ぐるぐる……」と指を回したり。子どもと実際に「ジュースづくり」をしているような気持ちでコミュニケーションしながら読むのが楽しい。
実は、最初のラフの段階では今までにない絵本の遊び方を提案したくて、角を丸く加工し、丈夫なつくりのボードブックにして絵本自体をぐるぐる回すのはどうかという案も出していたんです。
でも、ダミーでつくってみた絵本を編集部でお子さんたちに読んでもらったところ、みんなが「指でぐるぐるするのって楽しい!」と言ってくれて。「『絵本全体を回してください』と作者が指定するよりも、好きなように楽しんでもらったほうがいいな」と、すぐに頭を切り替えました。
出版してから『ぐるぐるジュース』のレビューを見ると、皆さん指で絵をなぞってぐるぐるしてくれているようですが、たまに「子どもが床に置いて、絵本全体をぐるぐる回していました!」といった読者の声も。当初、思い描いていた楽しみ方も自然に出てきているようで、作者としては思わずガッツポーズ。自由に楽しんでもらえて、本当にうれしいです。
——未就学児など小さな子ども向けの絵本をつくることが好き、という矢野さん。『どうぶつドドド』(鈴木出版)や『ぺったんこ ぷっくらこ』(アリス館)など、手がける絵本には楽しいオノマトペがあふれている。「ぐるぐるシリーズ」でも、テキストにはさまざまな工夫を凝らした。
私は絵と文を同時に考えるタイプなので、「ぐるぐるシリーズ」もストーリーと一緒に最初のテキストの案が自然に思い浮かんだのですが、その後の構成やオノマトペの部分に関しては編集者の松田さんとアリス館編集長も含めて、何度も打ち合わせをしながら練り上げていきました。
『ぐるぐるジュース』では、果物を切ったり、皮をむいたりするときの擬音語を入れているのですが、どれだけ斬新で面白いオノマトペでも、果物そのものが持つイメージに合わなかったり、声に出して読んだときにスムーズに読めなかったりするものはダメなんです。
擬音語が決まるまでに苦労したのは、「みかん」と「パイナップル」ですね。みかんって実際に皮をむくとき、「ざぶざぶ」みたいな音がするんです。それで最初は「ざぶり ざぶり」にしたのですが、ちょっとイメージとかけ離れているし、もう少しかわいらしい音がいいと、ワークショップで訪れた幼稚園の子どもたちの意見も聞きながら、「ぶりり ぶりり」に。さらに「もっと語感を良く」と松田さんからアドバイスをいただき、「ぷりり ぷりり」に決まりました。
パイナップルを切る音も、試行錯誤して最後に決めたのが「すくん すくん」。読者レビューを見てうれしかったのは、絵本を読んでくれた親子が「本当にパイナップルを切るときにそんな音がするのかな?」と、同じ材料をそろえてミックスジュースをつくってみてくれたこと。パイナップルを切ったとき、お子さんが「本当に『すくん すくん』だ!」と驚いたそうです。これだ!という擬音語を思いつくまで、何度も練り直した甲斐がありました。
——幼稚園のころの夢は、「絵本をつくって売る人」。「お店屋さんごっこ」のイベントで本屋さんになり、自作の絵本をつくって売った経験が「絵本作家としての原点」かもしれないと振り返る。
幼稚園の「お店屋さんごっこ」でつくって売ったのは、当時流行っていた「口裂け女」の絵本。なかなかインパクトがありますよね(笑)。買ってくれた人がいて、とてもうれしかったことを覚えています。
今でも幼稚園時代に感じた「自分がつくった絵本を楽しんでほしい」という思いは変わりません。ずっとつくっていきたいのは、やはり赤ちゃんや小さな子が最初に手に取って、何度も読み返すような絵本。読み終わった後も、毎日の生活の中で絵本の世界が根付いて、広がりを見せてくれるような作品を手がけていけるとうれしいですね。