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「イカの恋、タコの愛」書評 人に話したくなる繁殖行動の趣

評者: 野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2025年10月04日
イカの恋、タコの愛 (岩波科学ライブラリー 336) 著者:佐藤 成祥 出版社:岩波書店 ジャンル:科学・テクノロジー

ISBN: 9784000297363
発売⽇: 2025/08/22
サイズ: 1×18.2cm/146p

「イカの恋、タコの愛」 [著]佐藤成祥

 イカの恋、タコの愛とあるが、圧倒的にイカの話が多い。やはり、愛より恋の方が面白いということだろうか。タコの愛ときたら、ブルーラインオクトパスは交接するや雌に嚙(か)みつき、毒をもってるものだから、雌が昏睡(こんすい)状態に陥り、その間に1時間ほどかけてことを終えるという。どこが愛なんだ。タコである。
 いま「交接」と書いたが、イカやタコは交尾ではなく、精子をカプセルに入れ、リレーのバトンのように腕を使って雌に手渡すのだそうだ。
 私は、イカもタコも、その姿かたちが好きで、書棚には『世界で一番美しいイカとタコの図鑑』なんて本がドンと置かれていたりする。だけど、繁殖行動について本書ほど微に入り細にわたって書かれてはいない。佐藤さんによると、これまでイカ・タコの繁殖行動についての情報はほとんどなかったという。こんなに面白いのに。
 読むと人に話したくてうずうずしてくる。そんな話が詰まっている。例えば、トガリコウイカの水槽での観察。あ、そうそう、イカやタコは体の色や模様を自在に、しかも部分的に変化させることができる。さて、雄Aが体をゼブラ柄にして雌に求愛している。そこにライバルの雄Bが来る。AはBから雌を隠すような位置に身を置いて、雌に向けての半分はゼブラ柄のまま、Bに向けた半分は――ライバルを威嚇するパターンかと思いきや、なんと、雌が雄に応答するときのまだら模様になるという。雄AはBに向けて「あたしは雌です」とアピールし、Bが「あ、雌だ……、あれ、なんかおかしいな」と戸惑っている間にやることをやってしまおうという作戦。感心するというより、大笑いだ。
 最後にタコの話をもうひとつ。雌は飲まず食わずで、ボロボロになりながらも、かいがいしく卵の世話をする。その姿は感動的なほど。そんなタコの卵を私は食べたことがある。実に、美味であった。ごめん。
    ◇
さとう・のりよし 1980年生まれ。東海大准教授(行動生態学)。著書に『密(ひそ)かにヒメイカ』。