「白鷺立つ」書評 「生き恥」の僧を襲った心の震え
ISBN: 9784163920146
発売⽇: 2025/09/10
サイズ: 13.9×19.4cm/304p
「白鷺立つ」 [著]住田祐
「我執(がしゅう)」は仏教用語で、実体のないはずの自我にとらわれることをいう。そこから脱却するためにこそ厳しい修行がなされるのだろう。しかし修行の動機が、そもそも「我執」にあるとすれば――。僧たちの心のうちにずずっと入り込む歴史小説に、金縛りにあったように魅了された。
死と背中合わせの荒行。それが比叡山延暦寺で平安時代から続く「千日回峰行(かいほうぎょう)」である。7里半(約30キロメートル)の山道を毎日のように歩くこと5年。行の峠となる過酷な9日間が待っている。眠らず、横にならず、ものも食わず、水も飲まない。途中で命を落とす者もいるし、生きて失敗すれば自害を迫られる。
あまりの渇きに「唾(つば)は汚泥(おでい)の如(ごと)く舌下に沈淪(ちんりん)」する。水を欲するというより「飲むことが誤っている」と思えてくる。行に挑む僧・恃照(じしょう)の体験が、読み手の体にもまとわりつく。恃照はあと一歩のところで倒れ、行は成就しなかった。しかし彼に限って、死なせるわけにはいかない秘密があった。「生き恥の恃照」が運命づけられる。
物語が動き出すのは、彼のもとに若い僧が弟子として現れてからだ。傲岸(ごうがん)不遜を絵に描いたような男で、恃照の失敗した千日回峰行を強く望む。成功すれば周りから羨望(せんぼう)され、己の値打ちを上げられる。あなたもそう考えたのではないですか――。弟子の問いが恃照に突き刺さる。
遠い時代の遠い世界の話ではあるが、恃照の心の震えは、びりびりと伝わってくる。弟子への黒い感情が繰り返される記述に飽くことがないのは、どこかで味わった種類のものだからか。激しい嫌悪が、ときに畏怖(いふ)や嫉妬に変わり、愛着へと近づく。
難解な言葉が頻出するが、少しも難解さを感じさせず、むしろここちよい。話の筋には鋭い起伏があり、それでいて水のように流れていく。著者はこれがデビュー作だという。恐ろしい才能が現れた。
◇
すみだ・さち 1983年、兵庫県生まれ。作家、会社員。本作で第32回松本清張賞を受賞し、デビュー。