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エラ・フランシス・サンダース「翻訳できない世界のことば」 想起させる他国の文化的背景

 この本で紹介される言葉は「とらえどころのない、表現のしにくい気持ちや経験をぴたりと言いあてているかもしれないし、長いあいだ忘れていた人を思いださせてくれたりするかもしれません」(「はじめに」)。日本語の「木漏れ日」という言葉は、世界中の人たちを「あの光を表現する言葉があったのか!」と感動させる。しかしこれは日本語が素晴らしいのではなく、他の言語にも日本語にはない「あれを表現する言葉があったのか」と感動させる言葉が存在することを意味する。

 便利なところでいうとインド南西部のトゥル語の「カレル」は、「肌についた、締めつけるもののあと」だそうだ。そうだよ、靴下やタイツを脱いだあとの痕跡を一語で表現するなんて! ドイツ語の「ヴァルムドゥーシャー」は「冷たい、または熱いシャワーをさけて、ぬるいシャワーを浴びる人。『少々弱虫で、自分の領域から決して出ようとしない人』を言う」のだそうだ。日本にもたくさんいるのになぜこの言葉がなかったんだろう。「臆病」ともちょっと違う絶妙のニュアンス。

 意味を文で説明するのと、一語で簡潔に表現するのとでは伝わり方がまるで違う。と同時に、この語を使ってきた文化的背景にも想像を巡らせることができる。アラビア語の「サマル」は「日が暮れたあと遅くまで夜更かしして、友達と楽しく過ごすこと」。我々の感覚だと修学旅行やキャンプの夜を想起するが、現地ではラマダンの時かなあ。 見開きで左に解説、右に意味とイラストという構成も楽しい。52の言葉が紹介されているが、もっとほかにもあるはずだからと自然と他国の言語に興味がわく。ひいては日本語も客観的に捉えられる。あなただったらどの言葉を紹介する?

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 創元社・1760円。16年4月刊、27刷16万4千部。著名人や書店員に雑誌などで紹介され、そのたびに反響があるという。担当者は「クリスマスシーズンなどにプレゼントとして選ばれることも多いです」。=朝日新聞2025年104日掲載