舞台「サド侯爵夫人」 主演・成宮寛貴さん×演出・宮本亞門さん 三島が描いた人間の本質「最高に高い壁」
――亞門さんは「サド侯爵夫人」をずっと上演したかったとのことですが、その理由は?
宮本亞門(以下、亞門):前提として、僕は三島由紀夫作品に惚れこんでいます。過去にも「ライ王のテラス」や「金閣寺」などに取り組んできました。三島作品は、いつも現代を生きている私たち人に深く響く。だからこそ僕はライフワークとして、永遠に演出していきたいと思っています。
「サド侯爵夫人」は、イングマール・ベルイマンが演出したスウェーデン王立演劇場公演の舞台(1990年)を見て、やられました。大袈裟な雰囲気は一切なく、凛とした舞台でした。もっと激しく、ドラマチックな感じかと思ったら、内面だけを凝縮して表現していて、他国の違う視点から見たらこう見えるのかと。また、デヴィッド・ルヴォー演出で、坂東玉三郎さんが出演した公演(1990年)はとても美しい舞台でした。
ああ、三島作品にもいろいろな表現の仕方があるんだなと思って、いつかは演出をしたいと願ってきました。ただ、セリフ量も多いし、闇や孤独があって徹底的に自分と向き合わないといけない。「人間の本質とはなんぞや」という根源に触れる作品なので、そう簡単にはできません。そんな折に成宮くんとの再会があり、彼が本気ならやろうかと腰をあげたんです。
――なぜそこまで「サド公爵夫人」に魅せられたのでしょう?
亞門:三島由紀夫は他の作品でも全部、自分のことを書いているような気がするんです。自分を何人もの分身に分けて、全く違う人物を作って話を展開させる。まるで彼の脳内をのぞき込んでいるようで、そこがまた面白い。『金閣寺』もそうですが、元となる事件や原作があっても、結局、三島さんの分身に見えてしまう。『サド侯爵夫人』も三島の創作ですよね。
さらに面白いのは、この作品の時代が今の考え方と重なっているとも思えるのです。ちょうどフランス革命が起こる直前から始まるころの話で、価値観が大きく変革している中で、人間の在り方が問われます。作品には出てこないけれど、サドが革命までは、最もデカダンスで最も堕落した人間だと思われたときに、若者たちの賛同を得るわけです。サドを通して、変化していく時代の中で、もがきながら、本質は何かを探ろうとしているのが面白い。だから現代に上演する意義があると思うんですよね。
成宮寛貴(以下、成宮):そうですよね。サドは出てこないですからね。
亞門:出てきたら、こんな魅力的な台本にならなかっただろうな(笑)
――三島由紀夫との最初の出会いは? どんな作品を愛読してきたのですか?
亞門:自決の事件です。僕は中学生だったと思いますが、テレビ全局で一斉に報道されていて、何が起こったのかと親に聞いたら、親はパニックになりながらすぐにテレビを切りました。なるべく僕が興味を示さないようにしたことが、かえって火に油を注いだというか、そこから三島に興味を持って、こっそり読むようになったんです。
“禁断の書”みたいなところから始めたつもりだったんですが、青春時代、僕は引きこもりで、自分には生きている価値がないと苦しんだ人間だったので、三島作品にも、一般的ではない彼の生き方にも、すごく勇気づけられたんです。『仮面の告白』からいろいろな作品を読みあさりました。ただ、『サド公爵夫人』は最初、軽く読んだだけでした。戯曲は、小説と違って、読むのにとても時間がかかるんです。
――成宮さんは、脚本を読んでどう思いましたか?
成宮:今回初めて三島の作品を読んだので、それはそれは濃厚な体験でした。三島の持っている男らしい部分と、あとは血液が流れるような生温かい雰囲気だったり、何が良くて何が悪いのかという正義感など、様々な三島を感じながら読みました。最初の3ページぐらいで一度閉じて、深呼吸しましたが(笑)。そこからは一気に面白く読めました。
今の僕たちが読んでも、現代に通ずるものがあるなと直感的に感じました。僕が演じるルネは、いろいろな制約の中で自分の生きる道を選んで、それを突き通した、とても強い女性です。彼女の抱える孤独も、静かな決意をするところも、いいお芝居が見せられるのではないかなと思えた。
セリフ量は膨大で、11年ぶりの舞台で、亞門さんと25年ぶりに一緒にやらせていただく作品として、本当に高いハードルを与えられたと思います。でも、これを超えられたら、また一歩進める気がします。
――成宮さんの三島作品への印象は?
成宮:“濃い赤”の印象があって、その中に没頭するのには時間がかかるし、僕には刺激が強すぎる感覚があったんです。挑戦したこともあったんですが、生温かい血の温度やテクスチャーまで感じてしまう言葉にむせかえってしまって、なかなか読み進めることができませんでした。ただ『サド侯爵夫人』に関しては、「サド侯爵って、どんな人なんだろう?」というのを探りたくて、ドキドキしながら、読み進められました。
――ちなみに成宮さんご自身の愛読書があれば教えてください。
パウロ・コエーリョの『アルケミスト』は定期的に読む本です。読むと優しい気持ちになるし、改めて人生において大切なことが思い出せます。とても優しいお話なので、いわゆる三島作品とは正反対ですよね(笑)。
――女性の役に全員男性をキャスティングした意図は?
亞門:「男性だから」「女性だから」と語るのは間違っていると思います。人間は男も女もみんな男性性と女性性を持ち合わせて生きている。オノ・ヨーコさんがそんな話をしていたそうなんですが、三島さんにも同じことがいえると思います。筋肉隆々とした外見の裏には、繊細で優しく、人を思いやる一面がある。その不思議なバランスに、私は惹かれているのだと思います。
今回は、三島さんが作った世界から、装飾的なものをなるべく取り払って本質に深く触れれば、演じるのは男性でも女性でもいいのではないでしょうか。それに、男性の三島さんが作っただけに、彼の持っている内面がいちばん露骨に出せるのは、あえて男性でやることなのかもしれない。だからこそ挑戦しがいがあると思いました。
今回は着飾らず、モノトーンの中で、ストイックにやってみたい。カツラなどの装飾はなるべく省き、もっと本質的なものを掘り出せれば、と考えています。
――魅力的なキャスティングが揃いましたが、改めて成宮さんに期待することは?
亞門:ルネは、自分がどう生きていいかを悩んでいる人なんです。言ってしまえば、これはルネの成長物語だとも思っています。最後の終わり方はきっと人々にとって想像していなかったものになると思います。
僕は成宮くんのデビューで出会ってるし、あれからいろいろな悩みや苦しみ、孤独を抱えながら生きてきたことを僕なりに感じてきたので、こういうときにこの作品を演じることで知ることになる「高み」を超えたら、その後自分の中で何かをもっと確実にしていけるんだろうなと思うので、ルネを通すことでいろいろ感じてもらえれば嬉しいなと思っています。
――成宮さんは亞門さん演出の舞台「滅びかけた人類、その愛の本質とは…」(2000年)でデビューしました。
成宮:そうです。今から25年前、まだ17歳でした。
亞門:木村佳乃さんが主演の舞台で、佳乃さんときょうだいのように仲が良かった印象が残っています。2人が同じ事務所になったのはいつだっけ?
成宮:僕は3000人ぐらいの中からオーディションで選んでいただいたんですが、正直、受かるとは思っていなかったんです。事務所に所属していなかったので、それではダメだということで、木村佳乃さんの事務所を紹介していただきました。本当にあの亞門さんの舞台をきっかけに芸能界に入りました。
――亞門さんの目からみて、当時17歳の成宮さんはどのように見えたのですか?
亞門:初々しくて、あらゆることに興味を持つ好奇心にあふれた目をしていました。「芸能界でやっていけるかな」と心配するぐらい純粋に見えましたが、稽古では、佳乃さんと相談しつつ、一つひとつのことに集中して一生懸命取り組んでいました。僕としてもいろいろな演出をつけるのだけども、あまり落ち込まずに、むしろ楽しんでいるように見えましたね。
成宮:そうですね。作品自体、17歳の僕には分からない部分も多くあったんですが、何度も何度も稽古に付き合ってくださったり、いろいろ目をかけてくださったりして。亞門さんは明るくて太陽のような方で、常に高い温度で接してくださっていたので、「僕もその温度を保っていよう」と常に思っていました。
――あれから25年。亞門さんは成宮さんをどう見ていたのですか?
亞門:どんどん活躍している姿を見てすごいな、またいつか一緒に舞台ができたらと思っていましたが、忙しそうだし声をかけませんでした。ただ、プライベートでは交流がありました。一時期、同じビルに住んでいたこともあったんですよ。あるとき偶然出くわして、同じビルと気がついてから、パーティーをやったり、うちに来てもらったりしたよね。
――成宮さんとしても「また一緒に」という思いはあったのでしょうか?
成宮:僕の初舞台、原点、始まりの地ですから、常にありました。でもなかなかお声がけいただけないなと(笑)
亞門:これだけテレビや映像で活躍していたので、もう舞台には興味がないのかもと思っていましたが、半年ぐらい前に偶然会ったんですよね。
成宮:そうなんです。友人に誘われて、浜辺でジャズを聴くイベントに行ったら、そこに亞門さんがいらっしゃったんです。「実は復帰を考えていて」と伝えたら、後日、食事に誘ってくださったんです。
亞門:そう。それで彼が「どうしていいか分からないけど、演じることがやはり好きだから」と言うから、「じゃあ何かやってみる?」と言いました。ただ、休んでいる期間もあるし、舞台なら本気で復帰しないといけないよ、とも伝えた。そうしたら「本気でやりたいです」と返してきて。
もともと僕はこの「サド侯爵夫人」をどうしてもやりたかった。けれど、セリフ量から何から、日本の演劇界において最高に壁が高い名作の一つだから、そう簡単には取り組めなかった。それで、食事の数カ月後かな。思い切って「やってみない?」と成宮くんに聞いたんです。絶対に断ると思ったら、なんと断らなかった!
成宮:「え? 三島由紀夫? 11年ぶりの舞台で?」とは思いました(笑)。でも、亞門さんが「やってみる?」と言ってくださったときに、きっと何か決めているんだろうと感じたので、僕の勘としても「絶対やった方がいい」と決めたんです。
亞門:いや、よくぞ言ってくれました。清水の舞台どころではなく、エベレストから飛び降りるような決意ですよ(笑)
――改めて、今作への意気込みをお聞かせください。
亞門:本当にスリリングなキャスティングとスリリングな作品を、清水の舞台どころではないところから飛び降りる覚悟で始めます。僕は芝居を作るときは、またミュージカルの作り方と違って、作品に入り込んで、一緒にまみれながら作っていくタイプなので、その成果をぜひ見てほしいです。「ああ、最近こういう芝居なかったな」と思っていただけるぐらい生々しいものにできたらなと思っています。ご期待ください。
成宮:これまでの人生が、すべてお芝居に活かせると思っています。そのような気持ちで、今、台本を1枚1枚ページをめくっているところです。今の自分を生々しく魅力的に演じることができたらと思っています。