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五十嵐美和子さんの「ずかん」絵本シリーズ 「かっこいい」から「もっと知りたい」へ 探究心をくすぐる絵本づくり

1台1台の「かっこよさ」を大切に描いた

――新幹線、特急列車、機関車、地下鉄……。乗り物好きにはたまらない車両がイラストでずらりと並ぶ『でんしゃのずかん』(白泉社)。身近な車両をピックアップして、実物そのままの色、形を手描きのイラストで表現。ライトや窓の数など、細かいところに気をつけながら、「かっこよさ」を一番大切に描いたというコレクション絵本だ。

『でんしゃのずかん』に出てくる車両はどれも思い入れがあるのですが、新幹線の中では「かがやき」が好きです。色や形ががっこいいですよね。山手線は、この絵本を描いていたときにちょうど車両が新しくなって、ちょっと変わった顔の電車が出てきたなと思っていたので、新しくなるタイミングで描けたのは嬉しかったです。機関車も情緒がありますし、貨物列車も力強くていいですね。作品を制作するにあたり、専門家の近藤先生(早稲田大学先進理工学部・近藤圭一郎教授)にもお力添えいただいて、とてもありがたく思いました。

『でんしゃのずかん』(白泉社)より

 私が手がけた図鑑では、一つひとつ手描きのイラストレーションで表現しています。絵を描くときは、その形を理解しながら線を引くのだと思います。たとえば人の顔を描くときも、ただ線をなぞっているだけだと似ないでしょう? 同じように乗り物でも、その「車らしさ」を捉えないと、それっぽくならなくて。一度自分のフィルターを通すと、子どもたちが見たときにわかりやすい形になると思います。ロボットアニメに出てくるようなキャタピラがついているところとか、子どもたちの「かっこいい!」と憧れる気持ちも想像しつつ大切に描きたいと思っていますし、私がかっこいいと思う気持ちが自然と共鳴することもあるのかなと思います。

 特にイラストは、情報を整理しながら描いていくところが特徴です。ライトや電車の窓の数、タイヤなどの細部も重要ですし、ちゃんと描かないと、かっこ悪くなっちゃうんですよ。車体に書いてある細かい文字も、それぞれの特徴やリアルな感じが出てくれるように気を遣います。だから1台にすごい四苦八苦して描いてます。子どもって小手先が通用しないというか、ちゃんと描かないと「ニセモノだ」って思われちゃうかなと思いまして。もちろん年齢に関係なく、熱心に研究している方もいらっしゃるので、そういう方がご覧になったときに、やっぱりちゃんとしている、かっこいいって思ってもらいたいと思って頑張りました。子どもたちが絵本を楽しんでくれたという感想をいただくと、とても嬉しいですし、乗り物好きな大人の方に SNS で紹介していただいたことも、ありがたく思いました。

表舞台を支える裏方の人たちのことも知ってほしい

――子どもの頃から図鑑が好きで、恐竜、昆虫、植物などの図鑑をよく眺めていたという五十嵐さん。『でんしゃのずかん』のほかにも『はたらくくるまのずかん』『きょうりゅうのずかん』など、子どもに人気のコレクションを「ずかん」シリーズの一部としてまとめている。どの作品も、関連する職業に就く方法がチャートとして紹介されている。

 お仕事チャートは、子どもたちの興味があることを応援したいと思ってつくっています。それに、憧れる乗り物の裏では、いろんな人が頑張ってそれを動かしているというところも知ってもらえたらと思いました。

『はたらくくるまのずかん』(白泉社)より

 一度、鉄道業務に従事する方の訓練を見に行ったことがあります。災害や人命救助など、大変なことが起こったときのシミュレーションをするんです。車が線路に飛び出して立ち往生したことを想定して人力で車を動かしたり、遅延にクレームをつける役の方もいて、駅員さんがお客様対応をする訓練も入っていました。もともとお仕事の舞台裏に興味があるのですが、取材の光景がとても印象的で、絵本を通じて、裏側を支える人を見てほしいなと思いました。

 乗り物好きな子の中には、ずっと夢を追い続けて運転士になっている人もたくさんいますよね。勉強が嫌いだったとしても、絵本のお仕事チャートを見てここまでは頑張ってみようかなって思うきっかけになったらいいなと思います。好きなことに関することだったら頑張れる子もいるんじゃないかなと思っています。

好きなものを人生の“宝物”に

――いろいろな図鑑を見ていく中で、見たことがないものや解明されていない謎に触れて、少しでもそのおもしろさに興味を持ってもらいたいという五十嵐さん。最初は、好き、おもしろい、というきっかけから始まり、探究心を育んでいってくれればと話す。

 図鑑絵本を制作するときには、まずたくさん資料を集めます。そして、子どもたちが楽しみながら知的好奇心を発揮してくれたら良いなと思いながら、入門書としてふさわしいと思える事柄や、楽しみながら学べるモチーフを選んでラフを制作します。私の素朴な感動や取材で感じたこと、そして、子どもたちの気持ちを大事にしようと思っています。

 監修の先生に専門家ならではのご意見をいただいたり、編集部の方のご意見をいただいたり、専門書を読んだり、撮影のための取材をさせていただいたりすることもあります。『きょうりゅうのずかん』では、博物館の複製模型や専門書、科学番組の映像を参考にしつつ、監修の富田先生(爬虫類・恐竜研究家の富田京一さん)にチェックしていただいて、恐竜の色や形を決めていきました。

『きょうりゅうのずかん』のトビラ絵は、博物館の写真を見ながら細かくスケッチ

 最新作の『こだいのなぞとふしぎのずかん』は、ピラミッドなどの古代遺跡から始まり、ギリシャ神話の神や縄文時代の土偶まで、世界中に古くから伝わるものをのせています。紹介した遺跡や出土品はどれも、子どもが見てビジュアルとして楽しく、古代の謎めいた魅力を伝えてくれるものをたくさん描きましたし、不思議を感じられる言葉をたくさん添えました。旅人も登場するので、一緒に旅するような気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。

 個性的でときにかわいらしい出土品や、迫力のある遺跡、色々な文化圏の神様や文字を知ると、いろんな価値観の世界があることを知ってもらえると思いますし、全体を見渡すと似ているところも見つかるかもしれません。東京国立博物館のご監修のおかげで、完成まで辿り着けたことに感謝しています。

 

『こだいのなぞとふしぎのずかん』(白泉社)より

――幼児から楽しめるイラスト図鑑は、知的好奇心や想像力を膨らませてくれるおもしろさがある。五十嵐さんが学生時代に図書館で出会った博物学の本には、ユニコーンなどの空想上の動物が出てきた。大昔から、人々が探究心を持って不思議なものを追い求めていたことを知り、五十嵐さんは心を躍らせた。

 子どもの頃から、美しい絵や知的好奇心を満たせるようなものに触れたいという思いがありました。この図鑑絵本がきっかけとなって、もう少し詳しい本を読んでみたり、博物館に行ってみたり、本物を見に行ったり、その子の人生がちょっとプラスに変わるようなことがあれば嬉しいです。

 好きなものに突き進む喜びはずっと大事にしてほしいと思っています。生きているといろいろなことがあるかもしれないけれど、人生の一部として、好きなものは変わらず宝物にしておいてくれたらなと思います。成長してこの図鑑のことを忘れちゃったとしても、これを親に読んでもらったなとか、これが好きだったなという記憶が、その子の支えになってくれたらいいなと思っています。