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「じゃないほうの歌いかた」書評 たったひとつの冴えないやり方

評者: 吉田伸子 / 朝⽇新聞掲載:2025年10月25日
じゃないほうの歌いかた 著者:佐々木 愛 出版社:文藝春秋 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784163920061
発売⽇: 2025/08/27
サイズ: 13.8×19.5cm/216p

「じゃないほうの歌いかた」 [著]佐々木愛

 あぁもう、なんだ、これ。出てくる登場人物たちがみんな愛(いと)おしすぎてたまらない。
 物語は、住宅街にある個人営業のカラオケ店「BIG NECO」(この店名、いいなぁ)を訪れる客と、店のスタッフのドラマだ。
 「カラオケのイメージ映像に出ていそうな女」と2度言われたことがある池田、同じ男性に片想(おも)いをしている加賀とサナ、思春期の娘とどう向き合えばいいのか悩んでいる佐藤、島倉千代子を好きな74歳のカラオケ店スタッフ石崎、その石崎の指導役であるアルバイターの小野、売れない作家・染井。
 それぞれの章で描かれているのは、「じゃないほう」にいる人々の日々だ。ジョブズじゃないほう、片想いの相手の想い人じゃないほう、矢沢永吉じゃないほう……。どの短編も、滑らかな化繊ではなく、洗いこんだ木綿のような風合いで、だからこそ、読み進めるほどに心に馴染(なじ)んでくる。
 どれもたまらないのだけど、個人的なイチ推しは石崎さんの章(「石崎 IS NOT DEAD」)。小野が心配になるほど、「やる気はあるが仕事が遅い」石崎さん。その彼が、選曲履歴から勝手に客の心理状態を案じ、その客を元気づけるために、隣室でフルボリュームで歌う島倉千代子の「人生いろいろ」。
 なにそれ、ちょっと、石崎さんっ、と思わず噴き出してしまったのに、イントロ部分の(隣室の客に聞かせるための)曲紹介でヤラれた。泣かせないでよ、石崎さん。でも、その後、「いろ・いろ!」と合いの手をいれる小野で泣き笑い。全く、もう。でも、この不器用な感じがいい。好きだ。「じゃないほう」を生きる私たちの、なんて切実で、素敵な、冴(さ)えないやり方なんだろう。
 読了後、登場人物全員をぎゅううううっとハグしたくなる。池田に加賀にサナに、佐藤さんに石崎さんに小野に、染井さんに、本書を読むあなたに、どうか、幸あれ!
    ◇
ささき・あい 1986年生まれ。作家。オール読物新人賞受賞の「ひどい句点」を収録した『プルースト効果の実験と結果』など。