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「民主主義の躓き」書評 先進国こそ深刻な危機の中に

評者: 酒井啓子 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月08日
民主主義の躓き: 民衆・暴力・国民国家 著者:小倉 充夫 出版社:東京大学出版会 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784130301954
発売⽇: 2025/09/12
サイズ: 21×2cm/298p

「民主主義の躓き」 [著]小倉充夫

 著者の小倉氏は、高名なアフリカ研究者だ。
 なのになぜ「民主主義」論?と思いつつ、現在進行形の世界大の民主主義の躓(つまず)きへの氏の危機意識に、引き込まれる。
 著者のまなざしの先にあるのは、民主化が進展しない、権威主義が根強いと批判されがちな、アフリカを始めとする途上国での民主主義の挫折だけではない。民主主義の出発点だった欧米先進国が直面する、現下の民主主義の危機である。
 そもそも西欧諸国の民主主義と彼らが展開した植民地主義は、密接な関係がある。古代ギリシャの民主制は奴隷には適用されない。被植民者のような「愚民」は、選挙権を持つに値しない。
 そのような西欧植民地主義勢力の支配を経て生まれた脱植民地国家は、民主主義どころか、国としての統一や解放されるべき民族とは誰か、そして「国家の主体は誰なのか」すら未確定な状態で、国家としての船出を余儀なくされた。民族紛争や弾圧など途上国の暴力の多くは、「未回収の帝国主義」に由来する。
 だが誰が国家の成員たりうるかという戦いは、今や先進諸国でこそ熾烈(しれつ)だ。平等な市民の権利に疑問を投げかけ、マイノリティーを差別することで特定の住民に「かぎられた民主制を展開」する。本書のテーマたる「民主主義を危うくする要素は民主主義のなかにある」とは、先進国で深刻だ。
 先進国と途上国がともに民主主義の課題に挑戦した契機として、著者は「1968年」に注目する。先進国で代議制民主主義への失望が広がり、途上国では先進国の植民地支配から自らを解放するために、それぞれ既存の政治制度に異議申し立てを行った。そこに先進国と非欧米途上国の「相互連関」性を見る。
 「権威主義やファシズムの足音を、そして砲弾や軍靴の音を(略)かき消すべく努力する」ために「闘うしかない」との締めの言葉は、まさに68年世代による決意表明といえるだろう。
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おぐら・みつお 1944年生まれ。津田塾大名誉教授(国際関係学、社会学、アフリカ研究)。著書に『自由のための暴力』など。