1. HOME
  2. インタビュー
  3. えほん新定番
  4. たなかしんさんの絵本「ねむねむごろん」 親子で安心して眠れる時間を

たなかしんさんの絵本「ねむねむごろん」 親子で安心して眠れる時間を

『ねむねむごろん』(KADOKAWA)

読めば“ごろん”としてしまう、おやすみ絵本

――眠る前のひとときをやさしく包み込む絵本『ねむねむごろん』(KADOKAWA)。2019年に出版され、25年11月現在で29刷、10万部を超えるロングセラーとなった。ゾウやクマ、ウサギなどの動物たち、そして赤ちゃんが、それぞれの心地よい姿勢で眠りに落ちていく様子が描かれ、読む人に安心感を届ける。子どもたちが自然に眠りにつけるよう丁寧に工夫されたこの作品は、親子の時間をそっと豊かに彩る一冊だ。SNSでは、親子で絵本のポーズをまねする写真や動画が投稿され、共感の声が広がった。読んでいるうちに自然と眠くなる――そんな不思議な魅力のわけとは。

 子どもたちが自然に“ごろん”と横になるのは、まねしやすいからだと思います。眠るとき、人はやはり横になるものですよね。その動作が簡単で、子どもにとっては遊びのように楽しめるのだと思います。だからこそ、絵本のキャラクターが“ごろん”とする姿をまねしているうちに、子どもや親御さんにとっても「この絵本を読んだら寝る時間」という自然なリズムが生まれるのではないでしょうか。実際、あるお母さんは「仕事で疲れていた夜、子どもと一緒にこの絵本を読むと自然と親子の時間が穏やかになった」と話してくれて、とてもうれしく感じました。

『ねむねむごろん』(KADOKAWA)より

1枚の絵から絵本へ

――画家として活動を続けてきて、今年で26周年になるというたなかさん。その作品発表の中で、「ねむねむごろん」という絵を描いたのが本作が生まれるきっかけだった。

 実は僕自身、以前から不眠症でずっと悩んでいて……。だからこそ、安心して眠れるというテーマには自然と惹かれたのだと思います。不安な気持ちだったら、大人でも眠れないですよね。そんなときに描いた、ぬいぐるみたちの眠そうな姿が原点になっています。最初は眠る動物たちをスケッチブックに描きためるだけでしたが、次第に「これを子どもたちにも楽しんでもらえる絵本にできるんじゃないか」と考え、ラフの手作り絵本に取りかかることにしたんです。

 当時は、登場するキャラクターも細かく表情を描き込んでいて、今よりもずっとリアルな絵を描いていました。僕は砂の上に絵を描くという独特の手法を使い、使う砂も当時は粒が大きくてゴツゴツしたものを選んでいたので、絵の質感もとても強く出ていました。絵本になった『ねむねむごろん』と比べると、少し大人っぽく、重厚な雰囲気の作品だったと思います。それまで自分が描きたいものだけを描いていたのですが、この絵本を作って、誰かに作品を届けたいという思いがすごく強くなりましたね。

 出版する前の試作段階では、近所の子ども園や保育園で読み聞かせを行い、子どもたちの反応を確認していました。あくびをするウサギのページでは、子どもたちがそのしぐさをまねて、擬音を口に出し、身体を動かしたんです。その瞬間、絵本が子どもたちの行動を自然に誘導していることに気づきました。

『ねむねむごろん』(KADOKAWA)より

穏やかな「おやすみ時間」を届ける工夫

――砂の凹凸のある質感が、動物の毛のふわっとした感じや体の丸みを巧みに表している。

 今、兵庫県の明石に住んでいるんですが、アトリエの近くの海に行くと、砂浜には山から流れてきた砂や岩、海で育まれた貝殻など、さまざまなものが集まっているんです。そこにはまるで“地球そのもの”が凝縮されているようで、自然が時間をかけて美しく形づくった小さな世界が広がっている。許可を得て、海から持ち帰った砂を洗い、天日で乾かしてからキャンバスに貼り付け、その上からアクリル絵の具で色を何層にも重ねています。下絵は描かず、一発勝負なので大変。この砂の粒子は、光を受ける角度によってきらりと輝くため、砂のテクスチャーによって表現できる、柔らかな色のグラデーションを楽しんでもらえたらと思います。

『ねむねむごろん』(KADOKAWA)より

――制作の過程では、親子で一緒に楽しめるような絵の配置、色合いや文字にこだわったという。

 子どもだけでなく親御さんにも安心する気持ちを感じてもらいたくて。赤ちゃんを抱きしめる動作を絵本に入れることで、親子の心地よい触れ合いを想像できるようにしました。この絵本を読むだけで子どもが自然とあくびをすることがあります。あくびは移るので、絵を見ながら一緒に眠くなるんですね。赤いほっぺも工夫の一つです。本来、動物の皮膚は毛に覆われていることが多いので赤くないのですが、温もりや可愛さを優先しました。子どもたちが自分を重ねやすく、安心感を得られるよう意図しています。一度、ラフを見せた親御さんから「読むと子どもがすぐ寝てしまう」と感想をもらったとき、この絵本の役割が形になったと感じました。眠るきっかけを作れたからです。

『ねむねむごろん』(KADOKAWA)より

――部屋の明かりが消えたその瞬間、ページをめくる手が止まって、子どもたちは穏やかな眠りへ誘われる。

 単純な言葉の繰り返しには、リラックス効果があって自然と眠くなるのではないかと思います。自分の子どもが生まれてからは特に、赤ちゃんには赤ちゃんのための絵本を描くべきだと強く感じるようになりました。そうでないと、伝わらないことがたくさんある。言葉が多すぎたり、色の組み合わせによっては見えづらかったりして、子どもは飽きてしまい、集中力も続きません。だからこそ、文字の量や色合いにまで細かく配慮するようになりました。こうして明確に対象を意識することで、逆に自分の表現の幅も広がったと思います。

 安心して眠れる環境は、実は当たり前ではありません。戦争や災害など、さまざまな状況で不安な夜を過ごす子どもたちもいます。だからこそ、この絵本を通して、少しでも親子で安心して眠れる時間を持ってもらえたら――そんな小さな手助けができたらいいなと考えています。

『ねむねむごろん』(KADOKAWA)より