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ふくながじゅんぺいさん「うさぎかぶしきがいしゃ」インタビュー 僕らが知らない世界の秘密から空想を広げて

『うさぎかぶしきがいしゃ』(こぐま社)

月が森に着陸する、SFのようなはじまり

――夜の終わり、まんまるのお月さまが、森にしずかに着陸。月からうさぎがおりてきて……。SFのようなはじまりの絵本ですね。

 月が森に着陸したシーンは、描きながら「これは、いけるぞ」と手ごたえを感じた、お気に入りのページです。黒い森と月のあかるさ、木の影の構図がビシッと決まった感覚で。原画は明暗のコントラストがかなり強かったのですが、印刷のインクと紙の組み合わせがうまくいってちょうどいい色味に落ち着きました。外国の古い絵本みたい、レトロな雰囲気がいいと言われることもあって嬉しいです。 

『うさぎかぶしきがいしゃ』(こぐま社)より

――今作を描くきっかけは?

 前作『へびながすぎる』でたくさん動物を描いた中で、特にうさぎの評判がよかったんです。次にどんな絵本を描こうかと考えていたら「うさぎが何かしているところを描いてみては?」と編集者さんから言われたのと、僕ももっとうさぎを活躍させたくなり、イメージをふくらませるためのイラストを何枚か描きました。

 どんな服を着せようか、オーバーオールで畑仕事はどうだろうとか、ツナギの作業着でメカニックとしてロボットを組み立てるところや、宇宙服を着て浮いているところを描きながら、キャラクターやお話を考えていきました。

企画初期のイメージイラスト=大和田佳世撮影

月からうさぎがおりてきた!

――制作はスムーズに進んだのでしょうか。

 いえいえ、完成まで3年かかっていますから。まずは「うさぎだし……月のお話を描こう」と思って月や宇宙を題材にした作品をリサーチしました。トム・ゴールドのSFマンガ『月の番人』(亜紀書房)やレイ・ブラッドベリのSF小説『火星年代記』(早川書房)、フランスの古いサイレント映画『月世界旅行』など……たくさん読んだり観たりしました。

 じゃあ絵本では、月はうさぎにとって何なのか、もしかしたら食べものか、生きものなのか。いや、きっと飛行船に違いない!というところから、だんだん描きたい要素がかたまってきて、「うさぎが月を運転している」と設定を決めたことが作品誕生の大きな起点になりました。

『うさぎかぶしきがいしゃ』(こぐま社)より

「月は乗りもの」と決まった後も、「月を一から作る」という工作ストーリーを考えたり、「月のうさぎが地球のうさぎと出会って会合する」「夜中に起きた男の子とうさぎたちが出会う」とか……いろんなバージョンを考えてはボツにしたりする繰り返しで。ラフもめちゃくちゃたくさん描きましたよ(笑)。

知らないところで今夜も……うさぎ社員の秘密のお仕事

――“月を運転するのは「うさぎかぶしきがいしゃ」の社員”というストーリーが生まれたのは?

 乗りものの月にはどんなうさぎが乗っているんだろう、どうやって動かしているんだろうと想像をふくらませていきました。

 僕は「世界の知らないところで誰かががんばっていて、その秘密を僕らは知らずに生活しているんじゃないか」なんて空想するのが大好きなんです。たとえばみんなが夜眠っている間、小人や妖精がこっそり働いているという、世界の秘密めいたストーリーが子どもの頃からお気に入りで。そんなふうにあれこれ考える延長で、「みんな知らないかもしれないけど、夜、月が空にのぼるのは『うさぎかぶしきがいしゃ』のうさぎたちががんばっているおかげなんだよ!」と。

『うさぎかぶしきがいしゃ』(こぐま社)より

「うさぎーず」「うさぎ団」「うさぎカンパニー」といろんな名前を考えましたが、とにかくうさぎがわちゃわちゃしている楽しい秘密結社みたいな雰囲気が出たらおもしろいなと思って「うさぎかぶしきがいしゃ」になりました。

 子どもって親や大人たちが毎日会社に行って何をしているか、知らないけれど、きっと興味はあって、内心いろいろ想像しているんじゃないかなと。あと、僕自身もサラリーマンを経験していて、自分は会社員が向いてなかったけど、会社で楽しそうに仕事している人たちには憧れがあるんだよなという気持ちもこの絵本に入っています。

変なポーズと独特の間合いが子どもに人気

――仕事の後、飲んで歌って大騒ぎのうさぎたち。「うっかり すっかり ねぼうした!」「おきろ! おきろ!つきを とばす じかんだぞ!」。うさぎたちが操縦席を取りあいます。

 ケンカしている顔がみんな好きみたいで……友人知人の子どもたちの感想を聞くと必ずこのページが好きだと言われます。耳がぎゅっとひっぱられ、目・鼻・口が上に伸びているとか、ちょっとふざけた絵は子どものときから教科書のすみっこに落書きしていた延長で、自分も描いていて楽しいです。

『うさぎかぶしきがいしゃ』(こぐま社)より

「そうじゅうしてみたかったんだ」の決めポーズの仕草は、もしかしたら「週刊少年ジャンプ」の連載マンガ『すごいよ!!マサルさん』(うすた京介作、集英社)の影響かも……今はじめて思いつきましたけど(笑)。そういえば中学1、2年生のときジャンプの発売日になると友人が電話してきて「今週のマサルさんはね」と朗読してくれていました。電話でも絵は目に浮かぶし、セリフや間合いに笑い転げて……。多感なあの時期に友達と共有したナンセンス・ギャグの影響は大きかったかもしれません。

独学で絵を始め、30代から絵を仕事に

――ふくながさんは30代になってから、絵を仕事にされたそうですね。

 そうですね。絵はいわゆる独学なんです。僕は静岡県の藤枝市育ちで、まわりでは絵を仕事にしている人に会ったことがなくて。実家が測量会社だったこともあり、大学は建築工学系に進んだのですが、驚くほど向いてなかったんですよね。いったん文具会社の営業職として就職したもののやっぱりうまくやれず、木工の会社に転職して。20代はとにかく模索の連続でキツかったです。美術系の学校には行っていないので、趣味として休みの日に絵を描いたり陶芸をしたりしていたけど……誰かに見せることもない。100円ショップの用紙やスケッチブックにひたすら一人で描いていました。

 20代の終わり頃、転職先を探していてたまたま絵画の修復工房の方に出会い、絵を仕事にする道筋を、具体的なアドバイスで示してもらったことが、非常に大きかったです。「絵をファイルにまとめてポートフォリオを作るんだよ」とか、「それを雑誌の編集部に送ってみたら」とか。

 はじめての絵の仕事は、段ボール迷路の壁面にイラストを描く仕事でした。表現したものを人に見てもらえること、そのことによって責任が生じてかつ報酬をもらえることが信じられないくらい嬉しかったことを覚えています。今度は展示もしてみよう、絵本の編集者に会いに行こうと動き回っていたらだんだん仕事につながっていきました。

ただおもしろい絵本を作りたい

――それから数年で絵本作家に。もともと絵本は好きだったのですか?

 小さい頃住んでいた団地の隣が本屋さんで、両親も本好きだったので本には親しみがありました。絵本では『しずくのぼうけん』(マリア・テルリコフスカ作、ボフダン・ブテンコ絵、福音館書店)が好きで。知らず知らずに流され、遠いところまで冒険する……という空想が広がるところや、しずくのチョンチョンと点のような小さな目の表情も好きだったのかも。

 読み物では『おばけ桃の冒険』(ロアルド・ダール作、評論社)や『マイロの不思議な冒険』(ノートン・ジャスター作、PHP研究所)が好きでした。『クレヨン王国の十二か月』(福永令三作、講談社)の、不思議な世界にまぎれこんだら大晦日のたった一夜の出来事で……という設定も影響を受けたと思います。夜の冒険は『うさぎかぶしきがいしゃ』に通じるものがありますね。

ふくながさん手作りのうさぎ社員たち。絵本関連イベントのサイン会などで会えるかも?=大和田佳世撮影

 32歳のとき『うわのそらいおん』(金の星社)でデビューしたので、絵本作家8年目。作った絵本は9冊になりました。デビュー当初から線画はよく褒められたのですが、色塗りに苦手意識があって。でも最近は、自分らしい独特の線が活きる絵本を作れるようになってきたのかなと思っています。

 僕が『しずくのぼうけん』のしずくの悲しげな表情がたまらなく好きで、そこに自分なりのストーリーを読みとっていたように、子どもって絵の中にストーリーを読みとって楽しむんじゃないかなと。世の中に、学びになる絵本はたくさんあると思いますが、自分は、ただおもしろがってもらえたらいいなと思って描いています。

 今までどおり物語を大切にしつつも、その一方で、ただ楽しんでもらえる線や色をもっとうまく描けるようになれたらとても嬉しいです。