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大矢博子さん注目のミステリー小説3冊 時代小説 料理・移動銭湯…巧みな仕立て

  • 木下昌輝『豊臣家の包丁人』(文芸春秋)
  • 武内涼『湯船』(祥伝社)
  • 嶋津輝『カフェーの帰り道』(東京創元社)

 来年の大河ドラマに合わせて、豊臣秀吉一族を描いた小説が多く刊行される中、木下昌輝(まさき)『豊臣家の包丁人』は目のつけどころが面白い。この包丁人とは、実際に豊臣家の台所を預かった実在の料理人・大角与左衛門(おおすみよざえもん)のこと。大坂夏の陣で与左衛門が大坂城の台所に火を放ったことが、城炎上の引き金になったという説がある。

 秀吉が木下藤吉郎だった時代から仕えていた与左衛門が、なぜ城の台所を燃やすような行為に出たのか。著者は史実に大胆なフィクションを組み込み、料理というモチーフを通して秀吉の出世から徳川の天下統一までを描き出した。

 どの章にもテーマに見合った料理が登場する。創作ではあるが当時の食材や技術で可能なものばかりで、念入りな研究が窺(うかが)える。秀吉や弟・秀長、徳川家康らの造形も新鮮だ。戦の残忍さも描かれ、戦国小説としてもグルメ小説としても読み応えのある一冊だ。

 同じ城の炎上でも、江戸時代の明暦の大火を舞台にしたのが武内涼『湯船(ゆぶね)』である。1657年1月に起きたこの大火は市街地の大半を焼く大災害だった。

 神田の湯屋「寿々喜湯(すすきゆ)」の娘、ぎんは、明暦の大火で家屋と両親を失った。だが生き残った妹や仲間とともに再建を決意する。思いついたのは、船に浴槽を設(しつら)えて川を巡回する移動銭湯だった――。

 湯屋の船は江戸時代に実在し、「湯船」の語源と言われる。誕生の経緯は定かではないが、今でも災害復興のひとつの目安となる入浴を、大火から立ち直る象徴として据えたアイディアが秀逸だ。

 大火の描写も迫力があるし、民が何に困りどんな悲劇があったかという復興過程もつぶさに描かれる。市井のみならず幕政の描写も興味深い。民の救済、治安維持、物価安定などの優先順位で争う幕閣の様子は現代に通じるものがある。エンタメ要素も守りつつ、災害小説としても出色の出来だ。

 民の様子から時代が見えるのは近代小説も同じだ。嶋津輝『カフェーの帰り道』は、東京・上野のカフェーを舞台に、そこで働く女給たちの姿を通して大正末期から昭和の終戦後までの約四半世紀を描いた連作である。

 女給と夫の浮気を疑う妻、小説家志望の者、虚言癖のある者……ひとりひとりの物語を描きつつ、その背景に時代の移ろいが浮かび上がる。だが大正の乙女が銘仙にフリルのエプロンという女給の格好に憧れたように、戦争を生き抜いた少女は古着を仕立て直した女給のワンピースに喜ぶのだ。時代で変わるもの、変わらぬものを描き出す筆致は実に細やか。

 序盤に出てきた女給が年を重ねて別の話に登場する趣向もいい。カフェーという人生の交差点で生まれる人間模様を、静かに、滋味豊かに描いた逸品である。=朝日新聞2025年12月24日掲載