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「〈永遠のミサ〉西洋中世の死と奉仕の会計学」書評 教会への寄進に銀行機能の萌芽

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2025年12月06日
〈永遠のミサ〉 西洋中世の死と奉仕の会計学 著者:印出 忠夫 出版社:教育評論社 ジャンル:ヨーロッパ史

ISBN: 9784866241234
発売⽇: 2025/10/21
サイズ: 2.2×18.8cm/272p

「〈永遠のミサ〉西洋中世の死と奉仕の会計学」 [著]印出忠夫

 本書は、西欧の中世においてキリスト教会へ寄進を行う人々の心性と、それが生み出したシステムとの関係を解き明かす試みである。
 死が、共同体に結び付けられたものから、個人的なものとして意識されるようになると、人々は遺言書を準備して、自分の死後にミサを挙げ続けてもらうことを望んだという。煉獄(れんごく)での審判の際に神に執り成してもらうためだ。いわば「永代供養」の西洋中世版である。だが、その費用はどう工面するのか。それには、篤(あつ)い信仰心だけでは済まない冷静で周到な計画が必要になる。
 継続的に収入を生み出すものは土地だ。そこで、遺言執行人に指名された者は土地の所有権を手に入れて、地代を調達することになる。積み立てた資産から継続的に現金を得る仕組みは、現代で言えば「基金」に他ならない。更に、目減りする資産を補うために土地の所有権を買い替えることで、結果的に都市開発になったような事例もあったという。著者は、そこにある種の金融機能の萌芽(ほうが)を見ているのだ。つまり、現代に通じるシステムの一部は近代になって突然登場したのではなく、既に中世の教会においてその土壌が用意されていたことになる。
 新約聖書には、与えられた資金を運用しなかった僕(しもべ)を主人が叱る「タラントンのたとえ」がある。それ故に、カトリック教会は聖職者の利子取得を表向きは禁止してきた一方で、資産の有益な活用とは親和性があった。そもそも聖職者の役目自体が、信徒から募った善行や資金を基に、貧しい隣人への「奉仕」――銀行で言うところの「融資」を行い、功徳という形で信徒に返済することにあるという。良い「銀行」は、家族が苦しむほどの献金を行わせることはないのだ。
 はじめは「銀行」というアナロジーがピンとこなかったが、読み進めるうちに腑(ふ)に落ちた。謎解きに似た愉悦と中世の奥深さを味わえる良書だ。
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いんで・ただお 1957年生まれ。聖心女子大教授(フランス中世史)。共著に『15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史』など。