方丈貴恵さんの読んできた本たち かいけつゾロリ・ルパン三世…アウトローに魅せられた幼少期(前編)
――いつもいちばん古い読書の記憶からおうかがいしております。
方丈:3歳くらいの頃から、母が買ってきたり図書館で借りてきたりした絵本をよく読んでいたらしいんですが、小さすぎてほとんど記憶に残っていなくて。はっきり憶えているのが、『しろくまちゃんのほっとけーき』と『はらぺこあおむし』です。『しろくまちゃんのほっとけーき』が記憶に残っている理由は、たぶんこれではじめてホットケーキという食べ物を知って、ものすごく美味しそうだと感じたからです。『はらぺこあおむし』は、絵が怖かったからですね。
――絵が怖かったですか?
方丈:お腹が痛くなるシーンの絵が、子供心に怖かったんだと思うんですよね。もうひとつ、もうちょっと大きくなってから読んだ『くろいとんかち』という絵本もトラウマ級に怖いと感じました。内容の記憶は曖昧なんですけれど、男の子が物置かどこかから、なんでも真っ黒にできるトンカチを見つけていろんなものをコンコン叩いているうちに、自分を叩いちゃって真っ黒になって泣き出すシーンがあって、それが無性に怖くて。
結局、食欲をそそられた絵本とトラウマ級に怖かった絵本の記憶しか残っていないという...(笑)
――その後はいかがでしたか。
方丈:幼稚園から小学校低学年の頃にはまっていたのは『かいけつゾロリ』シリーズです。親が軽い気持ちで1冊読ませたら、私が次も買え、次も買えとねだるようになったパターンですね。当時はまだ自分の好みは確立されていなくて、親が面白そうな本を買ってきて読ませた結果、本人もはまって好きになるパターンが多かったと思います。『エルマーのぼうけん』シリーズやレイモンド・ブリッグズの『さむがりやのサンタ』を読んでいた記憶があります。このあたりの本の一部は今も家にあるので、はっきり覚えているんだと思います。
『かいけつゾロリ』シリーズは、主人公がいたずらっ子というか、ちょっと悪いことをするキャラクターなんですけれど、そこに惹かれました。フィクション上のアウトロー的なキャラクターが好きというのはこの頃からで、今も変わっていません。いいことばかりする優等生系の主人公よりも、ちょっと悪いことをするキャラクターのほうが好きだったんですよね。
――そういえば、方丈さんはルパンがお好きでしたよね。
方丈:そうなんです。たしか私が3、4歳の頃に「ルパン三世」のアニメが再放送されていて、それを見て、『泥棒であることを貫く主人公格好いい』となり......それからは、三つ子の魂百までといいますか。ルパン三世がすべての始まりです(笑)。
――モーリス・ルブランのルパンのシリーズは読みましたか。
方丈:もちろんです。小学校の中学年くらいからポプラ社の〈怪盗ルパン〉シリーズを読みはじめ、夢中になりました。あのシリーズは翻案されており、ルパンの痛快な活躍を楽しむジュブナイルという側面も大きいですが、ルパンのヒーロー的な面がとにかく好きでした。その後、中学生になってからも、『強盗紳士』や『八点鐘』といった新潮文庫版や創元推理文庫版の、翻案されていないルブランの原典を読みまくり、今もその影響を大きく受けています。
<アルセーヌ・ルパン>シリーズって、ルパン自身が謎解きをする話も多いのですが、まず探偵役が犯罪者であってもいいということを教えてくれたのが大きかったですね。また、シリーズを続ける上でルブランはいろんなパターンを作っているんですね。ルパンが主人公の話もあれば、逆にルパンが敵で別の探偵役がルパンを追う話もあるし、ルパンは狂言回しでほとんど登場しないパターンもある。子供心に、こんなにいろんなパターンがあっていいなんて、物語とはなんて自由なんだろうと思った記憶も残っています。
――自分でも物語を作ってみたいと思っていましたか。
方丈:小学校の頃はまだなかったですね。
――国語の授業は好きでしたか。
方丈:あんまり好きではなかったです。というのも、自分の感じ方って一般的な感じ方と少しずれているみたいで、国語の答えと合わないことが多々あったんです。なので、国語の授業を通して、私は「一般的な感じ方はこうらしい」ということを学んでいきました。おかげで、自分特有の感じ方と一般的な感じ方の両方で考える癖がつきました。
――どんなところにずれを感じていたのでしょう。
方丈:「この時に主人公はどう感じていたか」という設問って、前後の部分から読みとって答えを導き出すものですけれど、私は本能的に「この人はこう思っているに違いない」と思い込んでしまうところがあるというか。あるいは、曖昧な終わり方をしているお話について、私は主人公が救われた気持ちになっているからハッピーエンドかなと思うのに、意外とみんなはそう受け取っていない、とか。細かいところでそういうことがよくありました。
――今振り返ってみて、どんな子供だったと思いますか。活発だったのか、内気だったのか...。
方丈:喋るのも得意ではなくて、完全に内気な子供だったと思います。走るのも嫌なくらいでまったく運動はせず、インドア派でした。一人っ子だったので、本当に一人で趣味を楽しんでいるタイプでした。
――小中学生時代の読書は、ミステリ系のものが多かったのですか。
方丈:ミヒャエル・エンデの『モモ』や『はてしない物語』も小学生の頃に読んで好きでした。だいたいファンタジーかミステリ・エンターテインメント系のものばかり読んでいた子供でした。当時はまだSFが楽しめなかったんですよね。図書館でぱっと手に取って読んだものなのでタイトルも憶えていないんですけれど、子供向けのSF入門作品集を読んだら、どれもバッドエンド過ぎたんですよ。アンドロイドと人間が闘って、人間がアンドロイドに見事に騙されて、最後は自分たちの砦も崩されていく、みたいな話とか。辛すぎるよと思いました。
大人になってから改めてSFを読んで初めて、SFって鬱エンドばっかりじゃないんだという当たり前のことに気づきました。なんであの入門書は鬱エンドばかり集めていたのかと、ちょっと恨みたくなりましたが(苦笑)。
――図書館にはよく通っていたのですか。
方丈:私が小学校に入学した頃に地元の姫路に大きい図書館ができて、そこによく行っていました。〈怪盗ルパン〉のシリーズも、新潮文庫版や創元推理文庫版は買って読みましたが、ポプラ社のシリーズはその図書館で借りて読んでいました。ルパンシリーズは下手したら同じ本を5,6回......いや、学校の図書室と合わせたらもっと借りていたんじゃないかな。10回借りたものもあったかもしれません。
――読み返す時はもうストーリーも結末もわかっているから、好きなシーンを何度も楽しむ感じですか。
方丈:そんな感じですね。主人公が活躍している姿を見てほくそ笑む、みたいな。映画でも、たまにアクション映画で主人公が無双しているところを見返してニヤニヤすることってあると思うんですけれど(笑)、そういう読み方ですね。
――小説以外に映画やアニメなど、好きだったりはまっていたりしたものはありますか。
方丈:子供の頃から長期的に好きなのは、やっぱり映画ですかね。小さい頃から観ています。特にアクション映画やサスペンス映画については、かなり観ているほうじゃないかなと思います。
親が映画好きだったこともあり、小さい頃から映画館に連れていってもらっていたんです。最初に観に行ったのはたぶん「フック」ですね。大人になって昔の記憶をなくしたピーター・パンが、ネバーランドに戻ってきてフック船長と対決する話です。それと、「バットマン リターンズ」。これは映画初心者の子供向けではなかったこともあり、ティム・バートン監督の独特の世界観にトラウマ級にショックを受けました。観ている間、あんまり私が呆然としていたので、親もちょっと笑ってしまったそうです。でも、なんだかんだいってその後、「バットマン」シリーズは新作映画が出るたびに必ず観るようになりました(笑)。今もオールタイムベストに「ダークナイト」を入れるくらい好きです。
映画の影響は大きいですね。中学生になるまでは自分が映画好きということも自覚せずに、家族が観るものを一緒に観るくらいだったんですけれど、中学生になって好みや自我が確立されてきました。その頃からアクション映画が好きで、「ハムナプトラ 失われた砂漠の都」とか「マトリックス」とかにはまっていましたね。映画館でパンフレットを買って帰ってきて、ボロボロになるまで何回も読み返していました。たしか、「仮面の男」にはまったのも中学生時代だったんじゃないかな。これはアレクサンドル・デュマによる『三銃士』の続篇を翻案して映画化した作品です。
当時はまだ配信もなく、映画が簡単に観られる時代ではありませんでした。そのため、『映画を観る』ということ自体が貴重な経験でした。映画館でも1分も1秒も見逃したくないと必死になっていましたね。当時もVHSのレンタルや販売がありましたが、画質がよくなかったので、映画館で観るのとはやっぱり別物でした。
――部活はなにかされていましたか。
方丈:中高は美術部でした。格好つけて油絵を描いていたんですけれど、コンクールなどに出品することもなく、趣味として静物画や風景画をのんびり描いていました。
――高校時代はいかがでしたか。
方丈:高校時代が読書という意味ではいちばん薄い時期だった気がします。でも、平凡社が出していた『西遊記』の分厚い上下巻を知り合いから借りて、そのままはまって何度も読み返していた時期もありました。道教と仏教が入り混じった不思議な世界観が独特で面白かったし、孫悟空のヒーロー的な立ち回りと活躍が楽しくて。
それと、当時は講談社文庫の『封神演義』も読んでいました。だいぶ翻案された作品だったことは後から知ったのですが。それを原作にした漫画版『封神演義』も読んでいます。その時期に京極夏彦先生の『姑獲鳥の夏』や『魍魎の匣』や『巷説百物語』も読んでいたのですが、思い返してみると高校時代、そこまで読書に熱くはまっていた記憶がないんですよね。
――それは受験勉強が忙しかったから、とかですか。
方丈:受験で心の余裕がなくなっていたことと、気持ちが映画寄りになっていたことがあると思います。観るのは洋画が多かったですね。当時は「スクリーン」とか「ロードショー」といった映画雑誌があって、私は主に「スクリーン」を買って情報を仕入れていました。
――とりわけ好きな監督や俳優はいたのですか。
方丈:高校生の時にもっとも夢中になった映画は「ロード・オブ・ザ・リング」でした。特に1作目は数えきれないくらい観返した記憶があります。「少林サッカー」や「オーシャンズ11」も好きでした。でも高校の頃って、あまりエンタメをガッツリ楽しんでいた記憶がないんですよね。やっぱり、心の余裕がなかったのかもしれません...。
好きな俳優はたくさんいますが、大学生の頃くらいには「ジョニー・デップ、ジェラルド・バトラー格好いい!」とか言っていた記憶があります(笑)。「ダークナイト」や「インセプション」を観てからは、クリストファー・ノーラン監督の作風にはまっていきました。
――進学先はどのように決めたのでしょうか。方丈さんは京都大学に進学されていますよね。
方丈:高校が進学校だったこともあり、大学選びは完全に周囲の雰囲気に流される形で選んだ気がします。もともとあんまり志が高いタイプではなかったんです。
ただ、当時は法学とか経済学といった、実務的というか現実社会で役立つ学問に対してなぜか抗う気持ちがあって、歴史とか美学とか、そういったものを研究したいと思って文学部に入りました。でも入った途端に自分には合っていないと気づいて心が折れ、早く卒業して働こう、という気持ちになりました。
――合わなかった、というのはどうしてですか。
方丈:美学美術史専攻に進んだんですけれど、哲学的な面の強い美学も、歴史学的な面を持つ美術史学も、どちらも創作する側の視点が入った学問ではない...という印象を受けてしまったんですよね。美や芸術そのものや、出来上がった作品そのものをひたすら客観的に分析するタイプの学問だったというか。
でも当時の私は、美学美術史学って、もうちょっと創作者的な視点が入ったものかと思っていたんですよ。なにかを作る人って、独特の視点を持って作っていると思うんですけれど、そういう観点から行われた研究ではないと感じてしまって。単に、私が未熟でそう思い込んでしまっただけなのかもしれませんが...どうしても、自分の中でしっくりこなくて。へたくそなりに美術部で油絵を描いていた自分の感覚としても合わなかったんです。
たぶん、私はなにかを作りたい側の人間だったんだと思います。どうしても作り手としての違和感のようなものがぬぐえなくて、研究は自分に向いていないと考えるようになりました。だから、頑張って卒業して就職しようという気持ちになったんです。
――何かを作りたいという気持ちがご自身にあったとして、その何かというのは、まだ明確ではなかったんですか。
方丈:そうなんですよね。たぶん、なにかを作ること自体が好きで絵を描いていて、小説を書きだしたのもその発展型みたいなものだと思います。なにかを作り続けてさえいればわりとハッピーでいられる人間で、絵でも小説でもそこは大きく変わらない気がします。
でも学生時代まではそれを自覚していなかったんです。美学美術史学を専攻してはじめて、「あれ、私って、作り手側みたいな視点しか持てないし、それと違うものは受け入れられないのかもしれない」と、薄々気づきました。
――小説はまだ書き始めていなかったのですか。
方丈:縁があって京都大学推理小説研究会に入り、そこで創作をしたのが初めてです。
私はぼーっとしているところがあるので、ミステリ研への入会も人より1か月くらい遅かったりして(笑)。ゼミで一緒になった人がミステリ研の会員で、話を聞いて「私も入りたい!」と5月になってから入会したんです。志の高い他の同期の人たちはもっと早く入っていましたし、ミステリ研では私はもう本当に初心者でした。
京大ミステリ研には伝統的に「犯人当て」というのがありまして。担当者が問題篇と解答篇に分かれた犯人当て短篇小説を作って、まず問題篇だけをみんなに配って推理してもらうんです。犯人が分かった人が作者に推理を説明しに行き、当たりや外れというのを一通りやってから、解答篇が配布されてまたみんなで読むんです。その後は、厳しい感想会が始まります。
読書会もそんな感じで、課題本やその作者の他の著作についてまとめたレジュメを作ってみんなで語りあうんですけれど、その感想会もとても手厳しくて、犯人当てと同様に白熱したミステリ議論になっていくので、そういった場で私も鍛えてもらいました。
当時、会員はだいたい一回くらいは「犯人当て」を書く雰囲気になっていたので、私も合計三つの犯人当てを書きました。それがはじめて自分で書いた小説でした。
それと、年に一回、大学祭の時に販売する「蒼鴉城」という会誌がありまして、私もそこに短篇小説を掲載してもらったんですけれど変な作品が出来上がってしまい、感想会で厳しいことを言われてめちゃくちゃしょんぼりした黒歴史があります(笑)。
ただ、これも自主的に具体的な野望を持って書いたわけではないんですよ。自分にも犯人当てや短篇が書けるかな? くらいのノリで、まずはチャレンジすることに意味がある、みたいな気持ちで書いていました。
――ミス研では、いろんなミステリを読まれたのではないでしょうか。
方丈:そうですね。みなさんからいろいろお薦めいただきました。読書会の時に自分が普段読まないジャンルの小説を取り上げてもらえた時はラッキーで、どんどん新しい道が開けていきました。
私、綾辻行人先生の『十角館の殺人』を読んだのも遅くて、ミステリ研に入って早々に読んでとてつもない衝撃を受けました。他に、ミステリ研時代に読んで印象に残っているのは、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』です。私は当時まだそんなにミステリを読めていなかったので、見立ての話がめちゃくちゃ斬新に面白く感じられて、もうはまってしまって。もちろん、ヴァン・ダインは全作品読みました。
それと、ハードボイルドは自分からは読もうとしていなかったんですけれど、読書会でレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』を取り上げてくださった方がいて、ものの見事に大好きになりました。チャンドラーも全著作追いかけましたね。ヴァン・ダインとチャンドラーは方向性が違いすぎるのに(笑)。
チャンドラーはとにかく文章というか、文体が格好いいです。探偵のフィリップ・マーロウも独特の孤高の存在感を放っていて、あの雰囲気にも酔いしれました。読み終わりたくないなと思うくらい、はまっていました。
あと読書会でお薦めいただいて読んでびっくりしたのは、山田風太郎先生の『柳生忍法帖』。こんな面白い小説が実在することに慄いてしまうほどでした。ちょっとエログロナンセンスなところがあるのでそういうのを受け付けない人にはきついかもしれませんが、もうこれ以上面白い小説とは一生出会えないんじゃないかと思うくらい、奇想天外で外連味たっぷりで、超絶技巧の上に成り立っていて。完全にカルチャーショックを受けました。
読書会って、自分が普段読まないタイプの作品を読む機会をいただけるので、本当に面白いです。
大学生時代だと、貴志祐介先生の『硝子のハンマー』も好きでした。防犯探偵シリーズの他の作品も素晴らしいです。
――方丈さんが読書会で本をお薦めしたこともあったのですか。
方丈:はい。ルブランをお薦めしました(笑)。短篇集の『八点鐘』だったかな。ルブランの作品のなかでは比較的本格ミステリ味が強いものを一生懸命プレゼンしました。みんなが楽しいと思ってくれたかは分からないですけれど。自分の好きな作品や好きな作家、あとは何か言いたいことがある作品を選んでやっていました。
――その頃、読書記録はつけていましたか。
方丈:エクセルで読んだ本のタイトルだけリストにしたものを作っていたんですが、感想をつけていないので、見返した時に「これ読んだっけ?」となる作品が結構あります。恥ずかしながら、何年も経つと読んだ本でも細かいところを忘れてしまうタイプなんですよね。本の最初にある賛辞まで全部憶えているくらい記憶力の良い方っていらっしゃるじゃないですか。私にはそんな記憶力がないので、羨ましい限りです。
――方丈さんの作品は非常にロジカルに組み立てられていると思うんですけれど、お話をうかがっていると読者としてはいろんなタイプをお読みになっていたようですが。
方丈:大学時代はミステリについて自分の好みを確立している最中だった気がします。みなさんからお薦めいただいたものを読むのに必死で、まだ自分の中でミステリ的な自我が誕生する前段階だったような。いろんな方からの意見を聞いて、それについて悩んだり、考え込んだりを繰り返している時期だった気がします。好みが確立したのは社会人になってからかもしれないです。
――小学校時代に感じていた、人と解釈がちょっとずれている感覚はどうなりました?
方丈:その感覚はミステリ研在籍時にもありました。『長いお別れ』の感想が、みんなと全然合わなくて。私が「フィリップ・マーロウめちゃくちゃ格好いいやん」って言っても、「すかした奴だ」とか「格好つけすぎ」みたいな意見が出るので、「格好つけてないよ、この人の素だよ!」と、よく分からない反論をしていました(笑)。
ミステリのロジックでも、どの程度厳密にするかという観点で微妙にみんなとずれていた気が。当時の私が未熟だったのもあるんですけど、みんなが言う「成立しているロジック」と「成立していないロジック」の差がよく分からなかったんです。どちらも成立しているといえば成立しているし、成立していないといえば成立していない気がしてしまって。「成立している」「していない」の差はどこにあるのか悩みました。「犯人当て」で犯人を一人に絞り込んでいく過程でも、どういう限定のやり方がいいか議論するんですけれど、そこの厳密性の感覚もちょっとずつ私はずれていました。
ずれているのは子供の頃からでしたけれど、ミステリ研でも人と違うことがなんだか恥ずかしくて、「どうしよう、私」と思っていました。どうやったらみんなと同じになれるのか、めちゃくちゃ悩みました。
でも、作家になってからは、そういう違いが、その作家の色になって出てくるものだと気づきました。創作する時だけは、「普通」とか「みんなと同じ」とか気にしなくていいんだと吹っ切れたんですね。もちろん、読んで誰も理解できず楽しめないようなものはさすがに私が書きたいものとも違ってくるので、その辺りは気を遣っているんですけれど。でも、やっと自由になれた気がします。
創作は、ある程度自分の好きなようにやっていいし、自分というものを押し出してもいい。ずれとか違いとかを気にする必要もあんまりなくて、作品に詰め込みたいものは詰め込んでいい。創作のそういう自由さが私は好きなのかもしれません。