友井羊さんの読んできた本たち 帰省の電車で読んだ乙一作品「今でも特別な存在」
――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
友井:物心ついた頃に読んだ、家にあった絵本の記憶がいちばん古いと思います。特に印象に残っているものは、『カラスのパンやさん』。見開きにいろんなパンがずらっと並んでいるシーンが美味しそうだったのをすごく憶えています。
それと『とうもろこしおばあさん』という、ネイティブアメリカンの民話をもとにした絵本があって。だいぶ強烈な作品でした。一人のおばあさんを村の若者が家に泊めてあげたところ、おばあさんがすごく美味しいパンを焼いてくれるんです。パンを作っているところは見ないでくれと言われるけれど、こっそりのぞいたら、おばあさんが服をたくし上げて、腿をガリガリかいていて、そこからとうもろこしがぽろぽろ零れ落ちている。おばあさんはとうもろこしの精霊らしくて、自分を殺して髪をつかんで焼いた野原で引きずり回してくれと言うんです。その通りにしてみると、焼野原がやがてとうもろこし畑になる。おばあさんを引きずり回す場面も描いてあるので、強く心に残っています。身体の一部が食べ物になるという神話は結構あるので、その類型のひとつだと思います。
――家に本はたくさんあったのですか。
友井:絵本もありましたし、歴史の漫画の全集みたいなものがあったので小学生の頃に読んでいました。夏目漱石の本などもありましたし、本に関しては恵まれているほうだったと思います。
――本を貸しあうようなごきょうだいはいらっしゃったのですか。
友井:兄がいますが、僕のほうが内向的で比較的本を読む子どもでした。でも基本的には、僕も子どもの頃は小説はほとんど読まず、漫画ばっかりでした。小3か小4の時に「週刊少年ジャンプ」を読み始めたんです。「ドラゴンボール」はもう連載していて、ちょうど「SLAM DUNK」や「幽遊白書」の連載が始まる頃だったかな。いわゆるジャンプ全盛期にどっぷり浸かっていました。
――自分でも漫画を描いたりされましたか。
友井:落書き程度はしていました。よく学校などで将来の夢を聞かれますけれど、僕は「漫画家になりたい」と答えていました。ちゃんと描いてはいなかったんですけれど。中学くらいから大学卒業するくらいまではずっと漫画家志望でした。
――では、物語を空想したり、ストーリーを作ったりすることはありましたか。
友井:そういうのはありました。キャラクターだけノートに描いたり、ストーリーを作ったり、寝る前とかに妄想したり空想したり。いまだに仕事で同じことをやってます(笑)。
――中学生になってからはいかがでしたか。
友井:中学に上がると、同級生が『スレイヤーズ』などのライトノベルを読み始めたので、それらを借りて読んだりして。子ども向けのホームズを図書館で借りて読んだ記憶もあります。それらを読んだ後で大人向けというか、原文が削られていない版も読みました。
――両方読んだのは、それだけホームズが面白かったからということでしょうか。
友井:たぶん。内容は全然憶えていないんですけれど面白く読んだ記憶はあります。それと、僕の中でずっと、小説は背伸びするもの、という感じがありました。ちょっと難しいものも読んでみようという気持ちがあったようです。
――小説でも漫画でも、ミステリ系のものはお好きでしたか。
友井:自分では意識していませんでしたがミステリ系が好きだったようです。たしか小6の時に『金田一少年の事件簿』の連載が始まったので読んでいました。中学生の時、林間学校の空き時間に読むために小説を1冊持っていくことになっていて、僕はジャンプジェイブックスから出ていた我孫子武丸さんの『ぼくの推理研究』を持っていったんです。それが、はじめて自分でミステリを買って読んだ体験でした。
――ジャンプジェイブックスは、「ジャンプ」の漫画のノベライズや、ジャンプ小説新人賞の作品を出しているレーベルですよね。
友井:僕は本当にジャンプっ子だったので、「ジャンプ」に載っているジャンプジェイブックスの広告を見て、知っている漫画家さんが表紙を書いていたり、知っている漫画が小説になっていたりすると手を出していました。例を挙げると『封神演義』の作者がイラストを描いた『眠り姫は魔法を使う』というミステリが記憶に残っています。村山由佳さんの『もう一度デジャ・ヴ』も手に取りました。村山さんが『天使の卵 エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞する前に出した作品なんですが、調べてみたら第1回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞佳作になった作品でした。そんな感じで、意識せずに現在も活躍されている作家の方の作品を読んでいた、ということが多いです。たとえば『MIND ASSASSIN』という漫画のノベライズもたまたま読んだんですが、それは『檜垣澤家の炎上』の永嶋恵美さんが別名義で書いたものでした。
――漫画から派生して小説も楽しむようになっていった、という感じですかね。
友井:そうですね。小説は本当に、漫画のついでという感じではありました。
――国語の授業などで、文章を書くのは好きでしたか。
友井:国語の授業は点数はよかったんですけれども、文章を書くのが得意という意識はまったくなかったです。なんなら長い文章を書くのは苦手なくらいでした。読書感想文も、なにを書いたか1ミリも憶えていないです。「面白かったです」みたいなことを書いた記憶しかありません。ただ、教科書に載っていた、すやまたけしさんの「素顔同盟」など大切な作品にも出会えました。
――振り返ってみて、ご自身はどんな子どもだったと思いますか。
友井:運動が苦手で社交的でもなく、気の合う友人と好きな漫画やアニメの話をして、わりとひっそりと過ごしている子ども時代でしたね。
――あ、アニメも結構見ていたんですか。
友井:みんな見ていましたから。それこそ「ドラゴンボール」とか。中3の時だったかな、「新世紀エヴァンゲリオン」が始まって、友人に勧められて見ていました。ただ、自分にとっては、アニメも順番でいうと漫画の次に位置づけされるエンタメでした。
――ゲームや映画など、他にはまったものはなかったのですか。
友井:ゲームはマリオとかドラクエといった、みんながやるようなものはやっていました。ドラゴンクエストは好きでした。映画は「ゴジラ対ビオランテ」とかは記憶に残っていますが、中学くらいの頃はこれが大好きだ、とまでいう作品はありませんでした。
――部活は何をやっていましたか。
友井:卓球部の幽霊部員です。
――このインタビューを続けていると、わりと元卓球部の方が多い気がします...。
友井:たぶん、部活に強制的に入らさせられるという前提があって、今は知りませんが僕の世代は文化部に入るのがダサいという謎の空気があったんです。それでも運動はしたくないので、ぱっと見ラクそうな卓球部を選択することになるという。僕は最初は部活に顔を出していましたけれど、途中で怪我をして辞めたこともあり、熱心な部員ではなかったです。
――小中学生時代、学校の図書室はよく利用していましたか。
友井:シャーロック・ホームズの本を借りたくらいで、頻繁に利用したわけではなかったですね。本は友人との貸し借りでまかなえていました。
書店も、中学生くらいまではコミックスを買いに行くくらいで、そこまで頻繁に行っていたわけではないんです。群馬県の高崎市出身なので、周囲に書店はいっぱいありましたが。
――高校は地元の学校に進まれたのですか。読書生活に変化はあったでしょうか。
友井:高校も地元で、自転車で通っていました。高校時代から、ちょっと読書が広がったんです。それまでは「ジャンプ」などの少年誌一辺倒だったんですけれど、「アフタヌーン」といった青年誌よりの漫画も読み始めました。
学校では漫画好きの友人がいなかったので、自分でコミックスを発掘する作業をしはじめたんです。ブックオフなどに行っては、気になるものを探すという。雑誌で読んで面白そうな作品があれば、第1巻から探していくとか。
それで『寄生獣』だったり、『ディスコミュニケーション』といった作品を探し当てていました。『精霊使い』も好きでした。『トライガン』という漫画は、連載していた雑誌が休刊したけれど人気だったので他の雑誌に移って、アニメ化もされたんですけれど、そういう漫画も手がかりなしで探しだしました。
雑誌で連載の途中から読むと、分からない情報がたくさんあるんですよ。その時に1巻から遡って読みはじめると、分からなかったものが回収されていく楽しみがあって、伏線回収のようで好きでした。途中から読んでいた時には主人公だと思っていた人が、実は主人公じゃなかったと判明することもあったりして。
――ミステリ系に限らず、いろんなジャンルを読まれていた感じですね。
友井:そうですね。『ディスコミュニケーション』はファンタジーですし、『トライガン』はガンアクションだし、あとは『勇午』という漫画も好きでした。これはアニメ化もされていて、交渉人が世界中をめぐって国際問題の交渉をする話でした。
――小説で印象に残っているものは。
友井:一応読んではいまして、実家の棚にあった夏目漱石を試しに読んでみるなどしました。『三四郎』や『それから』が面白かった記憶はあります。
それと、小説はジャケ買いしたりしていました。それで単行本の『パラサイト・イヴ』を買ったんです。書店にたくさん積まれていたんですよね。その頃は背伸びしたいとか、普段と違うことをしたい的な気持ちが強くて手にとったように思います。『パラサイト・イヴ』は面白かったんですけれど、そこから小説の読書が広がっていったわけではなかったです。
――高校卒業後、東京の大学に進学して実家を離れたわけですね。
友井:そうですね。一人暮らしもしてみたかったですし、合格した大学も東京だったので。
――どの学部で何を専攻されたのですか。
友井:自分が内向的な子どもだったこともあり、心理学とか、そういったものをやりたい気持ちがあって。結局、國學院大學の文学部哲学科に進みました。
――哲学関連の本もいろいろ読まれたのでしょうか。
友井:論理学の授業で、『哲学ファンタジー』という本を教科書として買ったんですけれど、それがいわゆる論理パズルというか、「正直者の村と嘘つき者の村」みたいな、論理学で遊ぶ的なコンセプトの本だったんです。
――相手が嘘つき者か正直者か分からない時に、どういう質問をすれば正解が導き出せるか、みたいなパズルですよね。そういう感じのことが書かれている本だったわけですか。
友井:そうです。その本がすごく好きで、何回も読み返しましたし、大学時代に買った本では、それがいちばん、いまだに読み返したくなります。その頃から、そういう論理的なものが好きになっていきました。
ただ、大学では途中でちょっとコースを変えて、哲学科の中でも美学・芸術学のほうに進みました。絵画のことや、人がなぜ美しいと思うかとか、絵画の言語化などを学びました。
――人がなぜ美しいと思うかというのは、絵のアングルとかバランスのこととか?
友井:それもありますし、たとえば静物画だと、配置された物にどういった意味があるのか、とか。その頃に読んだ本で印象に残っているのは、種村季弘さんが書かれた『謎のカスパール・ハウザー』ですね。生まれてからずっと暗闇の中で過ごしてきた人物の実話で、急に日の光の下に放り出されると、そばにあるものを手で触れた時の知覚と目で見た時の知覚が接続できなかったという。そういった知覚の接続はプロセスを経て身につくことだ、ということが印象に残っていました。『魔法使いの願いごと』という小説を書いた時、美しいということの定義について触れましたが、あれは大学で学んだことから着想を得た作品でした。
――友井さんは、作品でも論理的な説明がお好きな気がします。
友井:それはありますね。『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』とか『放課後レシピで謎解きを うつむきがちな探偵と駆け抜ける少女の秘密』なんかは、料理という漠然としたものを科学で説明するところが、自分に合っていたので取り入れたんです。それはやっぱり、昔から論理学が好きだったことと繋がっている気がします。
――料理ものも多く書かれている友井さんですが、大学生で一人暮らしになった頃に自炊をはじめたのですか。
友井:料理はその頃に一から憶えていきました。料理本も買いましたが、その頃はまったく料理ができなかったので、絵と文章だけのレシピの本はさっぱり分からなかったです。やっぱり写真がないと難しいですね。
――大学時代まで漫画家になりたいと思っていたということでしたが、その頃何か行動は起こしたのですか。
友井:漫研に入って、ようやく漫画を描き始めました。ちゃんと話を考えて、コマを割って描くようになりました。
内容はほとんど憶えていないんですが、日常的なものとか、ファンタジーとか。ちょっといい話のものが多かったです。アクションは絵が描けなかったし、自分は日常の景色を描くのが好きだったので。
――サークルの会報誌などに当時の作品が残っているのでしょうか。
友井:残っていますねえ。それは本名で掲載しているので、探しても見つからないと思います(笑)。実家にも何冊かたぶん残っています。
――ご自身でストーリーを考えるのは楽しかったですか。
友井:楽しくはありましたね。内輪で発表するものにしても、自分の作った物語が人に読まれるのは、恥ずかしくもありましたが、すごくいい体験でした。
――漫画をどこかに応募したり持ち込んだりしたことはありますか。
友井:大学卒業後に1回持ち込んだことがあって、あまり芳しくなかった記憶が...。そもそも、なかなか作品を完成させることができなかったんです。たぶん絵を描く適性がなかったのかなと。
――大学時代、小説で印象に残っているものはありますか。
友井:さきほど『パラサイト・イヴ』の話もしましたが、高校卒業の頃から大学1年生の頃にかけて、本をジャケ買いしていた時期がありました。周りにそんなに小説が好きという人がいなかったし、情報を得る方法も分からず、といっても小説は未知の領域だったので、とりあえずジャケ買いするしかなかったんです。でも、なぜか当たりを引いていました。森絵都さんの『カラフル』とか。矢崎存美さんの『ぶたぶた』も廣済堂の単行本で買いました。
それと新井素子さんの『おしまいの日』。これはすごく影響を受けました。僕の『スイーツレシピで謎解きを』にメタフィクション的なアプローチがあるのは、完全に『おしまいの日』の日記のシーンの影響です。小説の中では何をしてもいいんだと気づかせてもらって、小説に対する認識が変わりました。あれを読んだ後で新井さんがライトノベル畑の方だと知って逆にびっくりしました。あとは、たまたま表紙を気に入って、米澤穂信さんの『氷菓』を角川スニーカー文庫〈スニーカー・ミステリ倶楽部〉版で買って読んだのもその頃です。
それと、大学1年生の時に、乙一さんの『夏と花火と私の死体』を読んだんです。「週刊少年ジャンプ」を隅々まで読んでいたので、受賞発表の記事で乙一さんの存在を知ってはいたんですが、読んだのはその時がはじめてだったと思います。
――ああ、友井さんは乙一さんの作品がお好きだと前からおっしゃっていますよね。じゃあ大学1年生の時に読んで衝撃を受けて......
友井:それが違いまして。衝撃を受けたのは大学4年の時なんです。4月に帰省した際に、移動の電車の中で読む用の本がほしいと思って乙一さんの『暗いところで待ち合わせ』を買って、はまったんです。そこで人生が変わりました。
――どういうところに惹かれたのでしょうか。
友井:弱い人間をそのまま肯定しているというか。自分のために書かれた小説だ、くらいに思った記憶があります。やっぱり今でも、乙一先生は自分の中では特別な存在です。
その後『GOTH』とか『ZOO』とかが出て、『QUICK JAPAN』で特集が組まれたりして、乙一さんが盛り上がっていった時期でした。それまでは漫画中心でしたが、そこから小説を読むという行為が日常の中に組み込まれた感じがあります。
乙一さんの他の作品はもちろん、他には本多孝好さんの『Missing』や、『キノの旅』などを読んだりしていました。
それと、「リリィ・シュシュのすべて」という映画にはまって、もとになった小説も買って読みました。もともと岩井俊二監督が好きで、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」もフジテレビのドラマ「if もしも」でたまたまリアルタイムで観たりしていたんですが、「リリィ・シュシュのすべて」でドはまりして、部屋にポスターを飾ったりしていました。
――あの映画も、弱い人間を肯定してくれるところがありますよね。
友井:そうですね。当時、そうした作品に救われた部分があります。自分も、そうしたものも描きたいと思っています。
――大学を卒業してからは、どうされたのですか。
友井:氷河期まっさかりだったので就活したくないと思い、本当にまったくしなかったんです。学生時代から、先輩に紹介されてゲーム関係のライターめいた仕事をしていたので、卒業後はその仕事量を増やして生活していました。ゲームの原案の資料をもらって、ゲーム製品をもらって、誌面のレイアウトをして、攻略方法とかを書いて...。ひとつの媒体から請け負う仕事で一杯で、他の仕事はできない状態でした。1年くらいそこで社員としても働いたんですが、2日徹夜して次の日の夕方5時に帰るような生活だったんです。夕方5時に帰宅というと一見他の会社員と一緒なんですけれど...。それで、その仕事を続けていくのはちょっと無理だな、となりました。
――そこで文章を書く作業や編集作業をおぼえたわけですね。
友井:そうですね。文章を書く練習にはなりました。文章に必要十分な情報を入れ込む作業というか、必要なものを伝えなくてはならない商業的な目線での文章というものは学びました。膨大な資料を300ワードにまとめるような作業をしていたので、今でも小説のあらすじ作りが得意です(笑)。
――その頃、本を読む時間はあったのですか。
友井:その頃、乙一先生の同時代に活躍されていたミステリ系の人に目覚めました。それこそ乙一先生と同じく「ファウスト」で書いていた佐藤友哉さんや西尾維新さん。伊坂幸太郎さんや辻村深月さん、桜庭一樹さん、道尾秀介さん、森見登美彦さん、麻耶雄嵩さんたちの作品を立て続けに読んでいたのがその時期かなと思います。
――それぞれどの作品が好きですか。
友井:佐藤さんは『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』や『水没ピアノ 鏡創士がひきもどす犯罪』とか。桜庭さんでいちばん印象に残っているのは『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』かな。伊坂さんは『チルドレン』や『死神の精度』、道尾秀介さんなら『向日葵の咲かない夏』で、辻村さんの作品では、意外に思われるかもしれないけれど、いちばん好きなのは、『僕のメジャースプーン』です。
――『僕のメジャースプーン』は、心を閉ざした幼馴染みのふみちゃんを助けようとする少年の話ですね。
友井:あれは結末の驚きがすごかったので。子どもを主人公にしてああいうことができるというのも、『僕はお父さんを訴えます』などで影響を受けた気がします。麻耶さんでいちばん好きなのは『神様ゲーム』。それと、森見さんはその頃にちょうど話題になっていた『四畳半神話体系』も好きなんですけれど、僕がいちばん好きなのは『ペンギン・ハイウェイ』です。
――突然街に現れたペンギンについて調べ始める男の子の話ですよね。おうかがいしていると、少年少女が主人公の、ちょっと切実な何かがこもった物語が多くないですか。
友井:言われてみればそうですね。当時、文学好きの友達から教わった本のなかで好きだったのは木地雅映子さんの『氷の海のガレオン』でした。木地さんは『悦楽の園』も好きでしたし、あとは梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』も印象に残っています。
――それらは、どれも少女が主人公ですね。
友井:それと大学を卒業したあたりで、自分の中で海外小説を読もう的なムーブがありました。ガルシア=マルケスの『百年の孤独』、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』、ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』、あとはサラ・ウォーターズの『半身』とか。それと、アゴタ・クリストフの『悪童日記』は衝撃的でした。あれは三部作ですけれど、一作目のこの本がすごくよかった。
――『半身』はミステリですけれど、考えてみたらホームズ以降、海外ミステリはあまり読まれてこなかったのですか。
友井:ほとんど読んでいないと言っていいと思います。お恥ずかしいくらい。カーの『皇帝のかぎ煙草入れ』を勧められて読んで「すごい」と思ったりはしたんですけれど、あまりそこから広がらなかったんですね。もっと古典ミステリを読まなければ、という気持ちはずっとあるんですけれど...。
――自分で小説を書こうと思ったのは、何かきっかけがあったのですか。
友井:ネットの乙一先生のファンコミュニティみたいなところに入り浸っていて、そこで、乙一先生の同人小説を書いていたんです。
――乙一さん作品の登場人物を使って、また違う話を書いていたということですか。
友井:はい。ただ、自分が考えたオリジナルキャラを乙一先生の作品の世界に出すのが嫌だったので、乙一先生の違う作品を組み合わせる、ということを課していました。『GOTH』の2人が「夏と花火と私の死体」に出てきた村に行くとか、『暗いところで待ち合わせ』の主人公と「神の言葉」という短篇を組み合わせるとか。
――へええ。それでストーリーが成り立たせられたのですか。
友井:意外と成り立たせていました。叙述トリックとか、かなりトリッキーなこともやっていました。たとえば、『GOTH』の2人が「夏と花火と私の死体」の村に行って、お姉さんと話をするけれど、実は...とか。マニアックな話をすると、「夏と花火と私の死体」は、ジャンプ小説・ノンフィクション大賞に投稿された作品だったんですけれど、雑誌「ジャンプノベル」掲載版にはあったとある一文が、書籍化された時になくなっていたんです。僕はなくなった一文を知っていたので、それを利用した真相にして書いたりしていました。
まあ、そういう話をウェブにあげて内輪だけで楽しんでいたんです(笑)。同人小説はかなりの量を書いていました。実は最初はオリジナル小説がぜんぜん書けなかったので、二次創作することが練習になりました。
――それが20代半ばの頃ですか。
友井:そうですね。そこから、だんだんオリジナル小説を書けるようになってきたかな、という感じの頃に第一作目を書きました。それが『魔法使いの願いごと』なんですけれど、どの賞に送るにしてもカテゴリーエラーすぎて。当時はあの作品に適するレーベルがなかったんです。そこから何年かにわたって4、5作書いて応募しましたがどれも駄目で、そこからデビュー作を書き上げる、という感じです。
乙一さんがよくインタビューで、大塚英志さんの『キャラクター小説の作り方』といったマニュアルを読んだとか、ハリウッドの脚本の論理を勉強したなどとおっしゃっていたので、それを参考にしたりして。
自分はキャラクターを生み出す能力が低かったので、その練習として同人小説を書いていたところがありますね。人から借りたキャラクターで書いて、そこで練習して、それを習得したうえで、ようやく投稿に耐えうるものが書けるようになりました。同人小説を書いていたのが、いわゆる修業期間だったのかなと思います。
――新人賞に応募したのは、どんな作品が多かったのですか。
友井:基本ライトノベルでした。児童文学系を書いたりもしました。
――2011年に『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞した『僕はお父さんを訴えます』はシリアスなリーガルものですよね。がらっと作風を変えたわけですか。
友井:それはもう、落ちまくったからですね。そもそも自分でライトノベルをほとんど読んでいなかったのにそういう賞に応募していたのは、相変わらず漫画は読んでいたし、自分に一般文芸を書ける気がしなかったからなんです。でもある日書いたものを読み返してみて、自分は一般文芸でいけるんじゃないかと思って。
どうしたら面白いものになるか考えた時、「みんなが知っているけれど、よく分かっていないものを書こう」と戦略を練りました。で、民事裁判ってみんな知っているけれどよく分からないよな、と。そこから小説の理論や『キャラクター小説の作り方』などを参考にして、誰が民事裁判を起こしたらいちばん大変かと考えて、子どもだろう、と。勉強してきたことを重ねていって出来上がったのが、『僕はお父さんを訴えます』ですね。トライアンドエラーの結果の作品です。
――可愛がっていた愛犬を殺したとして、少年が実の父親を訴える。弱い子どもが懸命に戦おうとする話ですよね。それにしても、法律や裁判に関する知識はあったのですか。すごく丁寧に書かれていますよね。
友井:実は兄が弁護士なので、ありがたいことに細かな部分は聞くことが出来ました。ただし頼りすぎはよくないので、可能な限り自分で調べて、最終確認だけにとどめるようにしています。
――なるほど。ところで、お話をうかがっていると、めちゃくちゃミステリ作家になりたかった、という感じではないわけですよね?
友井:いやもう、いまだにミステリ作家なのかな、という疑問が自分の中にあります。どうしても、ずっとミステリが好きでやってきましたという作家の方々のなかに自分がいてもいいのだろうか?みたいな気持ちがあります。自分はミステリを書きたいというより、面白い話を書くために結果的にミステリにしました、という感じなので。
ただ、これまでにミステリ要素を入れ込まずに書いた作品もありますけれど、僕はミステリという手法自体がすごく好きですし、ミステリにして書くことの意味も大きいと思っています。これからも、ミステリ色をしっかりと出しつつ、エンタメと両立させていければと思っています。
――料理が絡むミステリも多く書かれていますが、『スープ屋しずくの謎解き朝ごはん』が最初でしたっけ。あれはどういうきっかけだったのですか。
友井:自分が食べることが好きでもあったので...。もしかすると料理ものは『スイーツレシピで謎解きを』の第一話を「小説すばる」に書いたのが最初だったかもしれません。『スープ屋しずくの謎解き朝ごはん』は、編集者さんから「朝ごはんを書きましょうよ」と言っていただいたのがきっかけです。「いいですよ!」と言った後で、朝ごはんだけだとちょっと弱いかなと思い、「スープはどうですか」って。結果的にスープを選んでラッキーでした。
――「スープ屋しずく」シリーズは累計60万部のロングセラーシリーズとなり、今年出た最新刊で10冊目。謎解きはもちろん、実にいろんなスープが登場するのも魅力ですよね。
友井:スープって世界各国にあって、種類が多いので、毎回話に合わせたスープを出せるというのが大きいですね。話を考えてから内容に合うスープを探してみると、世界のどこかに絶対あるんです。スープから話を考えることもありますし。
――作品に登場するスープって、自分でも作ったりしているのですか。
友井:作ることもありますし、食べに行くこともあります。食べに行って美味しかったものや印象的だったものを出すこともあります。日々収集している感じです。
――一方、『さえこ照ラス』と続編の『沖縄オバァの小さな偽証 さえこ照ラス』は、沖縄の法テラスを舞台にしたリーガルものです。これはなぜ、沖縄だったのですか。
友井:さきほどいった弁護士の兄が今、沖縄に住んでいるんです。僕もだいたい毎年1か月くらい沖縄に滞在しています。なにより沖縄がものすごく居心地がよくて、たいへん魅力的な場所だという理由で書きました。
――ああ、友井さんはSNSに美味しそうなお店の料理をたくさんあげてらっしゃいますが、沖縄のお店もすごく多くて、どうしてそんなに詳しいのかと思っていました。あのシリーズは今後も続くのですか。
友井:続けられればとは思っています。ライトなシリーズではありますが、沖縄はいろんな問題を抱えているので、そういうものも含めて書けたらいいなとは思います。
――他にリーガルものでは、冤罪を題材にした『無実の君が裁かれる理由』という作品集を発表されていますよね。それが最新刊の『巌窟の王』にも繋がるのかなと思ったのですが。
友井:そうですね。もともと『無実の君が裁かれる理由』を書くために冤罪についていろいろ調べていている時に、昭和の巌窟王事件のことを知ったんです。
――『巌窟の王』は、実在の冤罪事件に基づいた小説です。1913年、名古屋の硝子職人、岩田松之助は身に覚えのない強盗殺人の罪で逮捕される。他の被疑者の男たちが彼を主犯だと虚偽の主張をしたんですよね。結果、21年にもわたる獄中生活を強いられることになりますが、彼は無実を主張し続けます。冤罪事件は他にもありますが、この事件、この方を書きたい、と思ったのですか。
友井:はい。資料を読んで、モデルとなった吉田石松さんを書いてみたいと思いました。苛烈で、まっすぐな人で、そこに惹かれました。偉業を成し遂げたにもかかわらず、歴史のなかに埋もれてしまった人物なので、僕の手で光を当てたいとも考えました。
――そもそも『無実の君が裁かれる理由』を書かれた時点で、冤罪というものに興味があったのですか。
友井:そうですね。冤罪に限らず、いろんなミステリを書いている時にごくごくシンプルに感じるのが、目撃証言って大丈夫なのか、など捜査に関する細かい疑問でした。実際の裁判では信頼性は低いようですが、ドラマとかでは目撃証言がかなり重要な証拠として取り上げられてストーリーを左右する。そういうのを見ていると、翻って自分が目撃証言を求められて、何月何日になんとかを見ましたか?と訊かれても、絶対に断言できないと思ってしまうんですよ。
目撃証言は信用できるのか?ということからはじまって、冤罪がなぜ起きるのか、そのメカニズムを自分のために知りたいと思ったんですね。プラス、人間がどんなにいい加減かということと、冤罪となった時に人はどうなるのかに興味を抱いたというのが、『無実の君が裁かれる理由』を書いた経緯です。
――一方、一昨年発表された『100年のレシピ』は伝説の料理研究家の人生を遡って、昭和史、戦後史が見えてくるミステリでしたよね。『巌窟の王』も、長い期間にわたるなかで、他のさまざまな事件や時代の流れが盛り込まれ、また違った昭和史が背景に見えてくる。時代を書き残したい気持ちもあるのかなと思ったのですが。
友井:デビュー後しばらく経ってから、もっと広い視点というか、大きな視点で作品を書きたいという気持ちは芽生えていたんです。きっかけは、森絵都さんの『みかづき』などですね。あれは塾経営に関わる家族たちの話で、日本の教育の歴史を長いスパンで描いていく作品ですよね。それと、真藤順丈さんの『宝島』も、沖縄の戦後を長いスパンで描く物語でした。映画だと「フォレスト・ガンプ」が好きなので、そういう長い時間で何かを描くというのは、すごく好きだし自分でもやってみたい気持ちがありました。
それに、自分の知らないことを知るために書くことが多いんです。冤罪もそうですけれど、『100年のレシピ』でも、最初に日本の料理研究家の歴史だったり、家庭料理の歴史を知りたいという気持ちがありました。それで調べてみて、これは長いスパンで書かなくちゃいけないと思い、戦後から現代まで俯瞰していく内容になったんです。
――『100年のレシピ』は章が進むごとにすこしずつ時間が遡り、その時々で料理研究家が、料理にまつわる謎に遭遇し、それを解いていく。最後は戦後の苦しい時期のことも描かれ、彼女がなぜ料理研究家になったのかも明かされていく。家庭料理の変化も見えてきて、手の込んだ料理こそ愛情のしるし、みたいな主張が肯定されないところにすごく納得感がありました。
友井:それは絶対に書きたかったことですね。昔は家庭料理はもっとシンプルだったのに、どんどん複雑化されていって、そうしなきゃいけないという風潮によって家事従事者が苦しめられることになった。そういう歴史を学ぶと、「料理は愛情」といった考え方が家事従事者を縛るものなのだと見えてきたので、そこは外せなかったです。
――『100年のレシピ』の伝説の料理研究家、大河弘子は架空の人物ですが、『巌窟の王』の岩田松之助は実在の人物がモデルです。その点において、書く際にいろいろ意識されたことがあったのでは。
友井:実在の人物がモデルの作品を書くのははじめてのことなので手探りでした。小説にする上ではどうしてもフィクションとして書かざるを得ない部分が出てきますが、それ以外に関しては、事実誤認がないよう誠実に書こう、という気持ちでいました。
――資料はかなり残っていたのですか。
友井:大きな資料が3,4冊くらいあったのと、あとは雑誌だったり、新聞だったりをかき集めました。名古屋にも行って図書館にこもって、資料をコピーしたりもしました。
――20年以上刑に服しても屈せずに無実を訴え続ける強さと、彼を信じた人たちがいたことに圧倒されます。それにしても、主犯の男性が長年にわたって嘘をついたり証言を覆したりしていて、かなり奇妙ですよね。
友井:そこは小説ではかなり読みやすくしています。その男の尋問シーンも書きましたが、黙り込んだり、のらりくらりとかわしたり、証言を変えたり...。作中ではその行動に対してこうだったのではないかという説明づけはしていますけれど、それは僕の創作なので、彼がなぜずっと必要のない嘘までつき続けたのか、本当のことは分かりません。でも、世間には理解の及ばない人っていると思うんです。そういった人間の闇の部分、負の部分は、岩田の対比として書きたい部分ではありました。
――岩田さんも、あまりの理不尽さにかっとなって人を殴ったりもしますよね。そうなる気持ちも分かりますし、そうした人間臭さがリアルでした。
友井:そうですね、真犯人を前にして、気持ちが昂って殴ってしまったというのも事実です。ただ、そういう失敗をしてもすぐに反省するような、すっきりした気持ちのいい人物だったようです。裁判官でも、実際に彼に会った人は、基本的に無実だと信じる人がほとんどだったようです。再審を却下した人は、本人に会っていない人が多かったんです。作中に出てくる新聞記者の白井も「会えば分かる」と言っていますが、本当にそんな感じの人だったようです。
――無実を勝ち取るまでの長い時間のなかで、二二六事件や鉄道ミステリとして名を残す三鷹事件、免田栄さんの冤罪事件などにも言及され、時代の流れや当時の出来事が分かるのも興味深かったです。
友井:時代と不可分にあるので、要所要所で時代が感じられるような描写を入れました。「鉄腕アトム」だったりもそうです。ただ、そうしたものは本筋とは関係ないので、いかに浮かないように入れ込むかは悩みました。
――それにしても錚錚たる方々が帯に推薦コメントをくださってますね。横山秀夫さん、門井慶喜さん、乙一さん、月村了衛さん、薬丸岳さん...。
友井:乙一さん以外は、骨太の社会派を書かれている方々ですよね。門井さんはブラカドイでお会いしたことがあるんですけれど、他の方々は面識がなくて、コメントをいただけるなんて本当に光栄です。
――ブラカドイとは、門井さんによる建築物等の説明を聞きながら散歩する集まりですよね。他にも、芦沢央さん、今村昌弘さん、大石大さん、岡崎琢磨さんからも推薦コメントが。
友井:芦沢さんはアンソロジーでご一緒したことがあるし、今村さんもブラカドイやパーティーとかでお会いしてことがあって。大石大君は乙一先生のファンサイトに入り浸っていた頃からの知り合いで、いまだに交流があります。出会った頃はお互いただの小説ファンだったのに、今では二人ともプロの作家になって、少し前に『死神を祀る』というすごくいい作品に文庫解説を書かせていただいたりして、とても感慨深いです。
岡崎琢磨さんがコメントに「法の正義について問い続けてきた著者の最高到達点」と書いてくださったのが本当にありがたかったです。料理ものやライトな作品を書く作家と思われていたし、それで評価していただいてきたので、それとはまた違うものを出させてくれた光文社さんありがとうございますという気持ちです(笑)。
――最近の読書生活はどんな感じですか。
友井:小説、漫画の両方を読んでいます。漫画だと、加藤元浩さんの『Q.E.D.証明終了』は本当に好きな推理漫画ですね。長期連載作品なのに、毎回目新しいトリックを出してくることに驚かされます。
小説は、やはり同時代の方々の作品がすごく刺激になります。たとえば岡崎琢磨さんの『珈琲店タレーランの事件簿』シリーズは毎回クオリティが高いうえに、新しい挑戦をしていてすごいなと思いますね。青崎有吾さんもミステリだけでなく小説としての深みが増していて、『11文字の檻 青崎有吾短編集成』は傑作だと思っています。
あと、読んだのは発売直後のことですが、横山秀夫さんの『64』には、とにかくものすごく衝撃を受けたんです。これだけ有能な人たち全員が本気で捜査に取り込んでいる様子を一気に描くことができる、ということに圧倒されました。
それと、『巌窟の王』を書くことになった時、じつは「本当にこれを自分が書けるのか」という戸惑いがありました。それで近現代を舞台にした作品をいくつか読んだんです。その時に自分の中で理想的な作品だと思ったのは、朝井まかてさんの『類』。森鴎外の息子の森類を、すごく真摯なまなざしで描いていて、影響を受けました。朝井まかてさんの本は牧野富太郎を描いた『ボタニカ』や、山下りんを描いた『白光』も、歴史の中で、そこまで有名ではない人たちを誠実に丁寧に描いていて、どれも素晴らしい作品だと思いました。
近現代を描いた小説では、辻堂ゆめさんの『十の輪をくぐる』や、最近だと青柳碧人さんの『乱歩と千畝』もすごくよかったです。
あとは中田永一さんの『彼女が生きてる世界戦!』は久しぶりに寝る間を惜しんで読みふけりました。他にも増田こうすけさんの『ギャグ小説日和 転校生』が途轍もなく秀逸でした。『ギャグマンガ日和』という漫画の作者が手がけた青春小説なのですが、めちゃくちゃ出来がよくて才能に圧倒されました。
読み返す本では、向田邦子さんの『思い出トランプ』がすごく好きです。執筆時に自分の文章がいまいちと感じた時は、頭を整理するために『思い出トランプ』を読んだりしています。
それと、小説ではないんですが、NHKでも放送されていた海外ドラマの「アストリッドとラファエル」が面白かったです。ものすごく出来のよい本格ミステリだと思っています。
――1日のスケジュールは決まっていますか。
友井:決まっていないんです。執筆時期とアイデア期では全然行動が違います。執筆時は朝起きてからずっとパソコンの前にいますけれど、アイデアを考える時期は、家でできないので自転車でふらふらしながらカフェを転々とする生活をしています。スマホは持っていくといじってしまうので家において、ノートとペンだけ持って。カフェにいてもだいたい1時間半くらいで集中力がきれちゃうので、そのたびに2軒目、3軒目に行って。あとは図書館の勉強スペースを利用することもあります。
――さて、今後のご予定は。
友井:次は『スープ屋しずくの謎解き朝ごはん』など料理ミステリの読者の方々に向けた作品を書こうと思っています。今度は果物が題材で、一般文芸だけれどちょっと児童文学テイストも入っています。一話目をアンソロジーに収録し、その後続きを書き下ろしにして本にまとめる予定です。