方丈貴恵さんの読んできた本たち ゲーム買い放題、やり放題の会社員時代「創作の参考に」(後編)
――大学卒業後は、就職されたわけですね。
方丈:そうです。自分は研究の道は向いてないので、サラリーマンになるぞと頑張って卒業して、ゲーム会社に入りました。営業・事務系のお仕事で、そこで9年くらい働いていました。
――社会人になってからの読書生活は。
方丈:霞流一先生の『夕陽はかえる』や都筑道夫先生の『なめくじに聞いてみろ』に触れて、こういうタイプのミステリもあるんだと、新しい好みに開眼したりしていました。貴志祐介先生の『悪の教典』も面白かったですね。
横溝正史先生の作品も改めて読んでみたところ、文体が馴染むというか、なぜか実家に帰ってきたように落ち着いて、読んでいる間すごく幸せでした。特に『本陣殺人事件』が好きでした。
それと、子供の頃に鬱エンドしかないと思い込んでいたSFも、古典のものを読んでみたら、SFはそんな狭いものじゃないんだと初めて気が付いて、いろいろ読みはじめました。
――SFはどのあたりを読まれたのですか。
方丈:私のデビュー作の『時空旅行者の砂時計』にも出てきた、アルフレッド・べスターの『虎よ、虎よ!』とか『分解された男』(『破壊された男』の邦題もあり)とか、ロジャー・ゼラズニイの『伝道の書に捧げる薔薇』とか。SFは短篇集がわりと好きですね。SFの作家さんて短篇だと、ちょっと哲学的だけどナンセンスで他にない読み味の話をほうり込んでくれる時があるんですよ。そういう短篇も大好きです。自分もショートショートを書く時には、奇想天外さとナンセンスさが混じった楽しい雰囲気のものを書きたいと思っているので、そうしたSF短篇を理想にしていますね。
他にも、ジャック・ヴァンスの連作短篇集の『宇宙探偵マグナス・リドルフ』はめちゃくちゃ好きですね。これは作品自体は古いんですけれど、わりと近年になって邦訳が出たものです。あとはハーラン・エリスンの『世界の中心で愛を叫んだけもの』にも凄みを感じて震え上がりました。
――ファンタジーは読んでいましたか?
方丈:ハヤカワFT文庫を読んでいた時期もあったんですけれど、結局、SFを読みだしてからはそっちのほうが楽しいと感じるようになりました。
SFって一言でうまく表せないんですよね。それがセンスオブワンダーっていうものなのかもしれないんですけれど、自分の中で固定概念と化しているものとはまったく違う、別の可能性を見せてもらえる感じがして。なんというんでしょう、私たちがいる現実とは似て非なる世界とか、この現実の世界で私たちが縛られているルールの外にあるものを見させてもらえるというか。しかも、それらが直接脳にぶち込まれるような感覚まであって。これは他のジャンルにない読み味なんですよね。もちろん、脳に入ってくる情報量もすごいんですけれど、その情報量の多さからくる快感みたいなものもあって虜になってしまいます。
それと、海外SFの古典を好きになったもうひとつの理由に、一作家一ジャンルと言いたくなるくらい、唯一無二の読み味のあるものが多かったからというのもあります。
――ところで、お仕事のほうは大変でしたか。
方丈:最初はキャラクターライセンス、たとえば海外で攻略本を発売する時に許諾を出す営業系の仕事をしていました。その後、商標や著作権を管理する部署に異動しました。
その頃は業界研究という大義名分のもと、ゲームを買い放題、やり放題で楽しんでいました。人生でいちばんゲームをやっていた時期なんじゃないかな。誰も止める人はいないし、散財の罪悪感もない。結構楽しくやっていました。
――どんなゲームがお好きだったんですか。
方丈:ゲームは大学の頃に始めて、その時は「逆転裁判」とか「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」などをやっていて、卒業後はアクションやオープンワールド系がメインでした。「デビルメイクライ」シリーズとか、「バイオハザード」シリーズとか、「アサシン クリード」シリーズとか。近年のベストは「龍が如く8」と「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」です。
ゲームもかなり創作の参考になっています。「龍が如く」シリーズはごく一部しか遊べていないんですけれど、『アミュレット・ホテル』の主人公の名前を決める時に、自分の中でいちばん男らしくてワイルドだと思う名字にしようと考えた結果、「龍が如く」の主人公の桐生さんが思い浮かび、そこから名字をいただきました(笑)。
――そうだったんですか(笑)。
方丈:多分、誰も気づいていないと思います。
「龍が如く」シリーズは社会のルールから外れた人がたくさん出てきてアクションも派手なので、『アミュレット・ホテル』を書く時には、「龍が如く」や「ジャッジアイズ」のことを思い出しながら書いていたりしました。
映画だと2時間や3時間観たら終わりですけれど、ゲームは100時間以上かけることもあるし、ゲームの世界をうろうろしていろんな場所に行けるので没入感がすごいんですよね。小説を書く時も、ゲームは脳内でイメージをわかせるための参考になっていると感じています。
――小説の好みはどんなふうに確立してきたのですか。
方丈:もともとアクション映画が好きなので、小説も、展開にダイナミックさがある作品が好きだということは、『夕陽はかえる』や『なめくじに聞いてみろ』を読んだあたりで自覚しました。それと、ジョン・スラデックの『見えないグリーン』やニコラス・ブレイクの『野獣死すべし』のような話も好きで。スラデックは『蒸気駆動の少年』のようなユーモアが印象的な、ちょっとナンセンスなSFを書いてらっしゃる方です。ナンセンスを書くためには、ものすごいセンスが必要になるので真似はできないけれど、ああいう方向性もいいなと思って憧れます。『見えないグリーン』は比較的真面目だと思いますが、クスッと笑える感じの作品ではあるんです。センスがない自分が書くと爆死しそうで怖いですが、いつかああいうユーモラスな作品も書いてみたいです。
『野獣死すべし』は、こんなに盛り上がるサスペンスがあるんだと驚かされました。なぜそう感じたのか自分でもまだ分析しきれていないんですけれども、こういうサスペンスを書きたいという欲求が駆り立てられました。
このあたりの時期に、典型的な本格ミステリというより、ちょっとずれたところにあるもののほうが好きだと気づいたのかもしれないですね。本格ミステリでもサスペンス度を上げてある作品とか、独特のナンセンスユーモアを入れ込んでいるとか。本格ミステリ的な要素と、そうではない何か別の要素の両方があると二度美味しいですよね? そういう作品が好きみたいです。
もちろん、どの本格ミステリにもそういう要素はあるんですけれど、それがより濃く感じられるものがいいですね。
――その頃、ご自身でも本格的に小説を書き始めていたのですか。
方丈:大学卒業が2007年で、その4年後くらいに新人賞の応募を始めたっぽいんですよね。だから2010年の終わりか2011年くらいから書き始めていたようです。
ミステリ研在籍時も社会人になってからもずっと、「面白いミステリってなんだろう」と考え続けていたんですよね。卒業して4年経ってもまだそれを思い悩んでいたというか、むしろその気持ちが大きくなっていて。読めば読むほどいろんな可能性がある気がして、自分でも書いてみたくなってきたんだと思います。たぶん、好みが確立されてきて、「こういうミステリがあってもいいんじゃないか」という形が自分の中ではっきりしてきた、ということかなと。
京大ミステリ研に所属していた人って、たまに「自分には本格ミステリは書けない」という呪い的なものにかかることがあるみたいです。在籍時にみんなの議論を聞いているうちに本格ミステリに対する理想が高くなりすぎて、自分の実力ではそこに到達できない、故に自分に本格ミステリは書けない、と委縮しちゃうという。私もそうで、最初は本格ミステリではなく、もうちょっと一般的なミステリを書いていたんですね。そうしたら知り合いに、「たぶん本格ミステリに向いていると思うよ」「鮎川哲也賞が向いていると思う」と言っていただいて。それで急に吹っ切れて、思い切り愉快な本格ミステリを書こうという気持ちになったんですよね。それで、「遠い星からやって来た探偵」という、かなり振り切った作品を書いて応募したら、最終候補に残ったんです。
――「遠い星からやって来た探偵」はどんな内容だったのですか。
方丈:宇宙から探偵を名乗る宇宙人がやってくるわ、地球規模の危機は訪れるわ...という、ある意味ぶっ飛んだ本格ミステリでした。自分も応募した後で「本当に大丈夫だったかな」と不安になったほどでした。でも、本格ミステリは私が想像していた以上に懐が広くて最終選考まで残していただきまして。それで、もっと頑張れば受賞も目指せるのではないかと考えるようになり、次の年に『時空旅行者の砂時計』を書いて受賞に至りました。
――鮎川哲也賞受賞作の『時空旅行者の砂時計』の主人公の加茂は、病床の妻を救うため、彼女の一族、竜泉家が過去に見舞われた「死野の惨劇」の真相を解明すべく1960年代にタイムトラベルする。そこでは、陸の孤島となった屋敷の中で次々と不可解な出来事が発生。SFの要素を盛り込んだクローズドサークルの館もので、読者への挑戦状もあります。
方丈:本格ミステリにプラスアルファがある作品が好きだったんですけれど、プラスアルファが強い作品ほど、本格味が弱くなる傾向がある気がして。なので、とことん本格度は高いままで、そこに他の要素もたっぷり入った作品があると面白いんじゃないかと考えたんです。それで、今回は本格とタイムトラベルを組み合わせてみよう、って。
――本格ミステリの部分もタイムトラベルの条件やパラドックスも、ものすごく丁寧に検証して組み立てられていますよね。
方丈:本人は書きながら脳が爆発しかけてました(笑)。古典SFを読んだ時に感じた面白さを組み込みたくて、自分なりに頑張って詰め込んだのがデビュー作ですね。とはいえ、筆力的に限界があって、古典SFの面白さは再現できていないのですが。本格ミステリ部分ももっと面白くできるはずなんですけれど、やっぱりまだまだでしたね。
私の場合、「こんなミステリがあってもいいんじゃないか」という軽いノリで執筆を始めることが多いんですよね。で、書き始めてから、「これ、情報量的にも複雑さという意味でもえらいことになるぞ」と気づくんですけれど、走り出したら止まれないので突き進むしかない。毎回、「こんなはずじゃなかった」と言いながら書いてます(笑)。
――受賞は2019年ですよね。さきほど、会社は9年勤められたとのことでしたが。
方丈:デビューする3年くらい前に会社を辞めて、地元に戻ったんです。祖父母が高齢になってきた関係もあり、早いうちに地元で仕事を見つけるのがベストかなと思ったんですよね。でも、次の就職先を見つける前に、せっかく時間もできたし、ちょっと応募を真剣にやろうかなと思って書き始めたら、その間に家族が大病を患ったこともあり働きだす機会を失い、ズルズルしているうちにデビューが決まった感じです。
――デビュー作をシリーズ化する計画は最初から頭にあったのですか。『孤島の来訪者』、『名探偵に甘美なる死を』という続篇が出ていますよね。
方丈:デビューした時はなかったですね。でも、シリーズにしたほうが読者も読みやすいかなと思い、そうしました。
「アサシン クリード」シリーズというゲームがあるんですけれど、あれはDNAの中にある先祖の記憶を読み取る機械を使って、先祖の記憶を追体験する話なんです。なので、主人公も毎回変えられるし、時代も場所も自由に変えられる。ルネサンス期の話もあればアメリカ独立戦争時代の話もあるし、海賊が出てきたりもする...。
イギリスのドラマの「ドクター・フー」も、主人公が定期的に身体を作り変えて外見が別人になる設定があって、俳優は変わるけれど何事もなかったように同一人物という設定のまま話が進むんです。シリーズのあり方として面白いですよね。
こういった大胆なシリーズの続け方があるのなら、『時空旅行者の砂時計』もシリーズ化できるかもしれないと思って。それで、毎回竜泉家の人が大変な事態に巻き込まれ、マイスター・ホラからの読者への挑戦がお約束となる、シリーズができ上がりました。
――竜泉家のシリーズはどれもクローズドサークルの要素がありますね。
方丈:特に意識していなかったんですけれど、このシリーズではとことん濃度が高い本格ミステリをやりたくて。そうするといちばん盛り上げやすいのが、やっぱりクローズドサークルなんですよね。なので結果的に三作ともクローズドサークルものになりました。犯人を限定するときに、全世界の誰でもありうるとなるとロジックを立てにくい時もあるのですが、クローズドサークルだとやりやすいんですよね。
――このシリーズは今後も続くのですか。
方丈:しばらくお休みになりそうですが、またいい特殊設定を思いついて書けたらなと思っています。その反動もあり、『少女には向かない完全犯罪』ではあえて、クローズドサークルではない話にしました。
――『少女には向かない完全犯罪』は、両親を殺されて復讐を誓う小学生の少女、音葉と、幽霊となった青年、黒羽のバディもの。刊行時にインタビューした時、映画の「レオン」の影響があるとおっしゃっていました。それと、タイトルはP・D・ジェイムズの『女には向かない職業』を思い起こさせますが、桜庭一樹さんの『少女には向かない職業』の影響だそうですね。
方丈:そうなんです。やっぱり映画は強く影響を受けますよね。映画業界って心を惹きつける設定を作るのがめちゃくちゃうまい人が多いんでしょうね。
それから、桜庭一樹先生の『少女には向かない職業』というタイトルが、ものすごく印象的で頭に残っていたんです。桜庭先生の作品のあの雰囲気は私の技量ではとても真似できないので畏れ多いですが、あのタイトルは『少女には向かない職業』のオマージュです。
――音葉が「レオン」のマチルダのように聡明で大人っぽくて、黒羽との会話が面白いですよね。その黒羽は、七日後には消える運命の幽霊。彼は生前、完全犯罪請負人だったという。この職業の設定も面白かったです。
方丈:私が書くものは、だいたい悪いことをする人が主人公という傾向が強いですよね。『時空旅行者の砂時計』の加茂は一歩間違えると闇落ちして大犯罪者になってしまう人だし、『孤島の来訪者』の主人公の竜泉佑樹は最初から復讐する気満々だし。
『アミュレット・ホテル』も犯罪者ばかりです。
――『アミュレット・ホテル』は犯罪者御用達のホテルが舞台です。「ホテルに損害を与えない」「ホテルの敷地内で傷害・殺人事件を起こさない」というルールがあるのにさまざまな事件が発生、ホテル探偵の桐生が独自の調査に乗り出すという連作集です。これはどういう発想だったのですか。
方丈:これは「ホテル探偵」と、「犯罪者御用達のホテル」それぞれに由来があります。
ホテル探偵は、ウィリアム・アイリッシュの中篇が元になっています。私が読んだのは短篇集『裏窓』に入っていた「ただならぬ部屋」ですが、他に「913号室の謎」といった邦題でも訳されていると思います。ホテル探偵のストライカーが913号室で起きる謎に挑む話なんですけれど、ホテル探偵という存在がめちゃくちゃ魅力的で心に刻まれました。他にも、チャンドラーの短篇にホテル探偵的な仕事をしている主人公の話があるし、日本ではホテル探偵は一般的ではないですが、都筑道夫先生の作品に出てきたりしますよね。そういった作品を読んで、ホテル内で事件が起きてホテル探偵が出動する話を書きたいと前々から思っていたんです。
「犯罪者御用達のホテル」は、もう観たまんまなんですけれど、映画の「ジョン・ウィック」シリーズのコンチネンタル・ホテルのオマージュです(笑)。あのホテルは利用者のほとんどが殺し屋だった気がしますが、やはり犯罪者のためのホテルという設定が斬新でしたよね。
このふたつの設定が繋がって...犯罪者ばかりがいるホテルがあって、そこにホテル探偵がいて、その中で起きる事件を解決する話があればものすごく面白そうだと考えて、比較的軽いノリで書きはじめました。
というのも、『アミュレット・ホテル』の最初の短篇は、シリーズ化する予定もなく、読み切り短篇として書いたものだったんです。主人公の名前を桐生にしたのも「ジョン・ウィック」みたいなホテルにしたのも、ノンシリーズの予定だったからこそできたある種の『軽さ』によるものだったのかもしれません。
そうしたら当時の担当編集者が面白いとおっしゃってくださって、シリーズ化することになり、そこからはもう、綱渡りですね。毎回、必死に続きを考えていきました。
――世界観がしっかりしているし、桐生がなぜホテル探偵になったのかの背景などもちゃんと作られていたので、シリーズ化を意識されていたのかと思いました。どの短篇も推理がひっくり返る展開があり、ひねりが利いていて楽しいです。
方丈:それは意図的ですね。やっぱり最後に読者に「えっ」と驚いてもらいたくて、意外性はどの作品にも持たせようとしています。一筋縄でいかなかったり、最後にちょっとニヤリとする展開が待っていたりするものを目指しています。
――そして書き上げた連作集『アミュレット・ホテル』が好評で、このたび第二弾の『アミュレット・ワンダーランド』も刊行されました。第二弾はエンターテインメント度がパワーアップされている印象で、これもまた非常に楽しみました。
方丈:ありがとうございます。『アミュレット・ワンダーランド』では、『夕陽はかえる』や『なめくじに聞いてみろ』や、同じく都筑道夫先生の『暗殺心』の系譜を継ぐ、本格ミステリっぽい推理と、頭脳戦アクションが合わさったものをやりたいと思っていたんです。それで生まれたのが、殺し屋同士のバトルが描かれる「ようこそ殺し屋コンペへ」でした。それと、このホテルにとっての「日常の謎」も一度やりたかったので、今回の短篇集で「落とし物合戦」が書けたのもよかったです。相変わらず、毎回綱渡りですけれど。
――「殺し屋コンペ」のほかには「クライム・オブ・ザ・イヤー」の表彰があったりYouTuberならぬ「シン(sin=罪)・チューバー」がいたりと、犯罪業界の設定が面白くて。
方丈:作中の登場人物たちは大真面目にやっているんですけれど、傍から見たら「なんだこれ?」と思えるような世界観にしようと思って。ちょっとふざけた洋画作品のノリみたいなのものを取り込む感覚で作りました。
――これからもシリーズが続いてほしいなと思うのですが。
方丈:頑張って書いていきたいなと思っています。この先、味変にどのような新しい要素を入れるか検討中です......なんか、いきあたりばったり感がすごすぎますね(苦笑)。
――桐生以外のキャラクターもしっかり作られている印象だったので、いきあたりばったりとは思ってなかったです。ホテルのオーナーとか、医者とか、従業員の水田とか。
方丈:どんどん設定を書き足していく感じで進めました。水田も、一作目を書いた時は細かい生い立ちまで決まっていなかったんですけれど、「水田がどんな過去を持っているのか気になる」という感想が聞こえてきたので、「ようこそ殺し屋コンペへ」は水田メインの話にすると決めて、「水田はこんな人だよね」と、ノリノリで書きました(笑)。
――他にも、途中から登場してレギュラーになっていくキャラクターもいますよね。
方丈:そうなんです。癖の強いややこしそうな人もどんどん増えていますが、まだまだキャラクターを足していけると思うので、シリーズ第三弾も頑張っていきます。
――竜泉家のシリーズとアミュレット・ホテルのシリーズはテイストは全然違うけれど、方丈さんの代表シリーズとなっていきそうですね。
方丈:『アミュレット・ホテル』シリーズはおかげさまで好評で、文庫でも読んでいただけているようで本当に嬉しいです。読み切りだと思って軽いノリで書きはじめたのが、逆に良かったんだなと思います。もしも最初からシリーズ化すると言われていたら変に気負って、あの軽い味が出ていなかったかもしれません。
――方丈さんはどうやってプロットを作られているのでしょう。
方丈:短篇の場合、プロットは最後を書かずに出しています。なぜ最後を書いていないかというと、ひどい話なんですけど...プロットの時点ではトリックを決めていないからです。完全に見切り発車で書きはじめて、書きながら細かいところを考えていきます。執筆前にロジックやトリックをひとつくらい決めている時もあるけれど、だいたいその場で決めていきます。
というのも、部屋の具体的な配置や登場するものが決まってからのほうが、ロジックが組み立てやすくなることもあるので。選択肢が多すぎると漠然として決められなくて、条件が狭まってきたほうが選びやすいというか。ただし、これは執筆に時間がかかるのが難点です。
――方丈さん作品には、特殊設定とか、その場のルールや制限が結構ありますよね。
方丈:『アミュレット・ホテル』も超常現象は出てこないけれど、特殊状況的なものですよね。そのほうが書きやすいというのもありますが、そういったものがその作品の特徴になるという面も大きいですね。
私の場合、特に変わったことのない普通の舞台となると、他の作品との差別化や、その作品だけの面白さを作るのが難しく感じられます。探偵に特徴があったり、クローズドサークルとなる場所に特徴があったりしないと、独自の味を出すのは難しいですからね。私は、その独自の味のために特殊状況を使いたがるタイプです。
――デビュー後の読書生活には変化がありましたか。
方丈:少しずつ好みが変わってきている気がします。
最近の読書だと、警察小説が面白いなと思っていて。陳浩基先生の『13・67』は、あらすじを読むと香港警察の伝説の刑事クワンと弟子が難事件に挑む話だと説明されているんですけれど、実際に読んだら、そんな説明でくくれるような話ではないんですよ。意外性がすごいし、当時の香港のことも絡むし、刑事がびっくりするようなことをやっていて、その大胆さがすごく面白いなあ、と。
それと、遅ればせながら読んだ横山秀夫先生の『第三の時効』も素晴らしかった。なんという超絶技巧!、ミステリ短篇集としての完成度がすごすぎるだろう、と感じ入りました。頭の中に理想とするミステリ短篇集が何冊かあるんですけれど、その中に新たに加わりました。
――理想のミステリ短篇集には、他にどの作品があるのですか。
方丈:まず、米澤穂信先生の『満願』も、とてつもない完成度ですよね。大学時代に古い単行本版で読んだジャック・リッチーの『クライム・マシン』も、ぬけぬけとしたところがある読み心地に感銘を受けました。
それと、最近読んだ本で、個人的に推したいものがあるんです。
――ぜひ教えてください。
方丈:まず、自分が絶対好きだろうと思って読んだのが、霞流一先生の『スカーフェイク』。フィクション上の悪党を愛する身としてはこれを読まずにはいられないでしょう、という作品で、サブタイトルが「暗黒街の殺人」なんです。三つの派閥に分かれた暗黒街で不可解な殺人事件が起き、それで名を上げようとした人たちが次々に自白してくるのを、探偵が論破していく話です。普通だったら犯人は犯行を隠そうとするのに、「こういうトリックを使ったぜ」と自慢げに自白してくるコミカルさや、探偵に論破されてブチ切れたりする犯罪者が面白くて。
それと、北山猛邦先生の『神の光』がやっぱりよかったですね。表題作は日本推理作家協会賞にノミネートされた短篇で前評判もすごくて。このタイトルはきっとクイーンの『神の灯』から来ているに違いないと思って楽しみにしていたんです。消失ものばかりの短篇集と聞いていましたが、想像をはるかに上回る内容でした。さすがは北山先生、バリエーションも豊富だし、超絶技巧と大胆さと意外性がものすごくて。「そんな方向から!」と思わせる話をたくさん作っていらっしゃって、圧巻でした。最近読んだものでは、やっぱりこの二冊です。
――最近、ミステリ以外の小説は読みますか。
方丈:ミステリ以外だと、サスペンスとか。あとはちょっとだけホラーも読みましたが、ホラーは怖すぎますね。私みたいな怖がりな人が読むと、1週間ぐらい尾を引くんですよ。最近だと『近畿地方のある場所について』の単行本版を読んだら、あまりに怖くてもう何日もひきずってしまって。自分の身近にもそういうことが起きるんじゃないかって、いろいろ想像してしまうんです。今は面白そうなホラーがたくさんあるので読みたいんですけれど、読むたびに1週間ひきずると思うと...。ビビりすぎてなかなか読めていないです。
ミステリ以外の成分は、主に映画から抽出している気がします。最近の映画だと、「罪人たち」がホラーとして印象深かったですね。音楽と映像の組み合わせがいいんです。1930年代のアメリカ南部の話で、都会から帰ってきた兄弟がダンスホールを開くんですが、悪しき者たちが音楽に引き寄せられてくるシーンの作り方がめちゃくちゃうまくて。こんなふうに表現ができるんだ、と感激しました。面白かったです。
――映画ならホラーは大丈夫なんですか。
方丈:アメリカのホラー映画はあまり怖くないですから。どちらかというとスプラッター的であまり身に迫る恐怖がないし、舞台も遠くの話だと思えるので、怖くないんだと思います。
ホラー以外では「007」シリーズや、ドラマの「マンダロリアン」シリーズも好きです。最近の映画ではジェームズ・ガン監督の「スーパーマン」がよかったですね。スーパーマンといえばめちゃくちゃ善人ですが、今回の作品は仲間たちが超癖の強い性格をしていて、バランスがとれていたところも好きでした。あと、犬がすごく可愛いです。
――一日の執筆時間やルーティンは決まっていますか。
方丈:午前中は運動をしたり雑務をしたりして、だいたい昼くらいから始めて夜の11時とか12時くらいまでだらだらやっていることが多いです。でもこのやり方だと、仕事が盛り上がってくると深夜2時くらいまでやってしまって、次の朝がヘロヘロになるので、将来的には朝型に変えたいです。
――作家は運動不足になりがちですが、ちゃんと運動しているんですね。
方丈:運動せずに執筆していた頃、どんどん体の調子が悪くなって気分がすぐれない日が続いたので、少しは運動するようにしています。約1.8キロのダンベルを25分くらい振り回したり、歩いたりとか。たまにさぼっちゃいますけど。あと、執筆時は音楽でストレス発散しています。
――どんな音楽をお聴きになるんですか。
方丈:洋楽もクラシックもJポップも聴きます。最近のブームだと、映画で聴いた懐メロでしょうか。マーベル映画って印象的な戦闘シーンで懐かしの曲を使うので、そういう曲を聴いていました。「デッドプール&ウルヴァリン」の冒頭で使われるNSYNCの「Bye Bye Bye」という曲をヘビロテで聴きながら仕事をしたり、米津玄師さんとかKing Gnuさんの曲を聴いてみたりとか。改稿やゲラ作業をする時は歌詞がある曲だと集中できないので、クラシックを流したりしています。
――必ず音楽は聴いているんですね。
方丈:子供の頃から、勉強をしている時も音楽をかけっぱなしでした。当時はなぜか「第九」を大音量でかけて勉強したりしていました。常に音楽があるのが当たり前なので、あまり自覚はないですが......音楽も趣味といえば趣味かもしれません。
――さて、今後の執筆予定などはいかがですか。
方丈:まず、変わり種の探偵と助手のコンビが活躍する、新しい読み味を目指した本格ミステリの長篇があります。ちょうど今、作業が佳境に入ったところです。
あとは「オール讀物」に一篇目を掲載いただいた、科学捜査官とオカルト大好き警視の二人が推理合戦を繰り広げる、ホラー味がある警察ミステリの短篇シリーズを始めています。もともと「Xファイル」みたいな話にするつもりだったんですが、考えているうちにだいぶ変わってきて、なかなか独特のシリーズになったのではないかと思います(笑)。
それと、「GOAT」に、ブックホテルを舞台にミステリ好きの座敷童が安楽椅子探偵を務めるショートショートを書いたんですが、これもちょっと拡張させて短篇としてシリーズ化する予定です。
――すごい。シリーズものが続々と。
方丈:『アミュレット・ホテル』の第三シーズンも頑張りたいですし、『少女には向かない完全犯罪』も、編集者さんと続編の話をして...いいアイデアを求めて悩み中です。執筆が遅いので、もっと早く書けたらいいんですけれど、いろいろやっていきたいと思っています。