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「失われた貌」ミステリー小説ランキング3冠 2025年注目の入賞作も紹介

 年末の風物詩、ミステリー小説のランキングが出そろった。主なランキング(「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」「ミステリが読みたい!」)では、櫻田智也「失われた貌(かお)」(新潮社)が「3冠」に輝いた(本ミスのみ3位)。

 同作は日本推理作家協会賞受賞作「蟬(せみ)かえる」などの短編集で知られる著者による、初長編かつ探偵役に刑事を配した初めての警察小説。定番の「顔のない死体」から始まる物語だが、刑事のもとに持ち込まれる様々な案件がからみあい、一つの謎が解き明かされるごとに事件の様相は変化していく。

 短編作にも通じるホワットダニット(何が起きているのか?)の手法を使いながら進む物語は、ささいな描写を含め、すべての要素がしかるべき場所に収まったとき、ほろ苦く意外な結末を迎える。ハードボイルドと本格ミステリーの見事な融合体と言えよう。

 本ミス1位は北山猛邦「神の光」(東京創元社)で文春でも2位。建物や街、すべてが「消失もの」で構成された全5編が並ぶ。一夜のうちに消え失せた砂漠のカジノの街、繰り返し見る夢のなかで消える館……何が消えるのか、どう消えるのかにドキドキしながら読んでいくと、最後にそう消したのか!と膝(ひざ)を打つ。パズラー小説のお手本のような短編集だ。

 このミス、本ミス2位の笠井潔「夜と霧の誘拐」(講談社)は探偵・矢吹駆シリーズの第8作。第4作「哲学者の密室」の舞台となったパリのダッソー家で再び事件が起きる。同家の令嬢と間違えて運転手の娘がさらわれる「取り違え誘拐」が起きた夜、郊外のカトリック系私立校で学院長の射殺体が発見され、二つの事件が複雑に絡み合う。

 駆が、実在の思想家をモデルにした登場人物とペダンティックな哲学議論を繰り広げるのが本シリーズのお約束で、今回はハンナ・アーレントをモデルにした哲学者が登場。ナチスの蛮行に対する有名な概念「凡庸な悪」などをめぐって、議論がスリリングに展開するなか、次第に真相が明らかになっていく。ベテランの面目躍如の大作だ。

 大作といえば、飛鳥部勝則の15年ぶりの長編「抹殺ゴスゴッズ」(早川書房)が本ミス4位に入った。謎の怪人・蠱毒王(こどくおう)をめぐる複雑怪奇な二つの事件が、令和と平成をまたいで交錯する。露悪的ともいえる暴力と猟奇、歪(ゆが)みまくった純愛模様、何を読まされているのかわからない、ジャンルごった煮のような小説なのに、本格ミステリーとしてきれいに着地しており、すがすがしささえ感じる。飛鳥部節全開の怪作&快作で、記者にとっては今年のベストだ。

 一方、偏愛の一冊は雨井湖音「僕たちの青春はちょっとだけ特別」(東京創元社)。軽度の知的障害がある生徒たちが就労と自立を目指して学ぶ、特別支援学校を舞台にした学園ミステリー。「日常の謎」に分類される作品だが、むしろ魅力的なのは謎よりも日常。障害の性質が異なる生徒たちのやりとりは、ちょっとずつかみ合わない。ささいな謎を解決することで、生徒たちの相互理解が深まり、関係性が少しずつ変わっていく日常がたまらなく愛(いと)おしい。(野波健祐)=朝日新聞2025年12月24日掲載