数年に一度、「どんでん返し」を謳(うた)ったミステリーがヒット作となっている。『葉桜の季節に君を想(おも)うということ』『イニシエーション・ラブ』『方舟(はこぶね)』などだ。今年九月の発売直後からヒットし増刷を重ねている本書も、この系譜に連なる一作だ。オビや書誌情報で「どんでん返し」があると知らされている、分かっているのに、騙(だま)される。
ホームズ&ワトソン役を務めるのは、福岡市で探偵事務所を営むヒロインの小石とその助手・蓮杖(れんじょう)だ。二十七歳の小石は題名の通り、恋しない。恋愛に一切興味がないのだ。にもかかわらず、他人の色恋にまつわる調査が「死ぬほど得意」。それには理由があるのだが……。全五章+αのうち第三章までは、二人が手がけた色恋案件の顚末(てんまつ)が一話完結方式で描かれる。
とにかく、一話一話のネタ密度が高い。依頼人が持ち込んだ「謎」は端緒にすぎず、矢継ぎ早に意外な展開が連鎖していく。探偵と助手の会話も魅力的だ。数十秒で完結するショート動画が全盛の時代に、読者の興味を惹(ひ)き続けるには「面白さ」を詰め込むしかない。この腹の据わり方は、現代の書き手ならではだ。
モードがガラッと変わった第四章を経て、第五章でついに「どんでん返し」が炸裂(さくれつ)する。キーワードは、偏見と決めつけ。読者は、自分が他者や世界を見つめるまなざしの中に、さまざまな偏見と決めつけが介在している事実に思い至ることだろう。このメッセージ性も本作の美点だ。
過去の「どんでん返し」ヒット作は、マニアを唸(うな)らせるだけでなく、ミステリーに馴染(なじ)みがない読者をジャンルへと誘う良き入り口となった。と同時に、小説初心者への良き入り口にもなってきた。ショート動画もいいが、小説も面白い。もっともっと売れてくれ、と応援したくなる一作だ。
◇
小学館・1870円。2025年9月刊。6刷4万7千部。「発売直後から熱い口コミがSNSで広がった。本格ミステリーとしても恋愛小説としても楽しめ、幅広い読者に受け入れられている」と担当者。=朝日新聞2025年12月27日掲載