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「玉音放送を命にかえても」書評 実在感あるメディアの歴史証言

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2026年01月24日
玉音放送を命にかえても──日本のいちばん長い日 外伝 著者:上田 未生 出版社:岩波書店 ジャンル:評論・文学研究

ISBN: 9784000617338
発売⽇: 2025/11/29
サイズ: 2.1×18.8cm/256p

「玉音放送を命にかえても」 [著]上田未生

 近現代史を生きた放送人・柳澤恭雄(やすお)(1909~2007)の歴史証言を収めた評伝である。インタビュー時の応答を軸にしていて、実在感のある書になっている。特に1945年8月15日、陸軍反乱将校が聖戦継続を訴える局面では、命をかけたやり取りがあり、相応に緊迫した場面が語られている。
 多くの人に読まれている半藤一利の『日本のいちばん長い日』で描かれた世界とは異なる点があるのも、史実の継承という点では考えさせられる。当事者として柳澤は、事前に将校らの襲撃情報を入手していたが、公表しなかった。そこから生まれた誤説が、半藤書に採られた。
 柳澤は京都の山村の生まれで、旧制中学時代に反体制の思想書に触れて「マルクスボーイ」になったという。東京帝大生のときに治安維持法違反容疑で2年ほど監獄生活を体験した。38年に日本放送協会に入り、戦時期に報道の責任者となる。
 放送メディアが国家機構による扇動の武器とされ、柳澤は「戦争」への貢献を要求される放送人の道を歩まざるをえなかった。戦果をごまかす「大本営発表」などのケースや、放送解説員としての「無責任な訴え」も丹念に振り返っている。「腹の中では矛盾で悩んでいても、表面上はよく知らんという顔をしてました」。その当時の罪悪感が戦後にも続くと明かされる。放送メディア史の悲劇を実体験している先達なのである。
 8月15日の軍事クーデター目撃証言の中で、玉音放送の録音盤死守で対峙(たいじ)した、同世代の反乱将校・畑中健二少佐への見方が重みを持つ。戦後、この軍人の故郷を訪ね、文学青年で教師になることを目指していたと知り、この人物に寄せる哀惜に時代を共有した者の悲しさをみる。
 柳澤は戦後、レッドパージで職を失い、中国に渡った。帰国して、日本電波ニュース社を設立する。この部分の証言ももっと残してほしかった。
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うえだ・みお 1968年生まれ。日本電波ニュース社代表取締役社長。報道やドキュメンタリー番組を多数制作してきた。