「メアリ・レノックスが叔父の住む広大なミッスルスウェイト屋敷に送られてきたとき、十人が十人、こんなにかわいげのない子供は見たことがないと言った。たしかにそのとおりだった」
冒頭からここまでけなされる児童文学の主人公は、そういない。その後も、作者バーネットはメアリの器量や性格や愛嬌(あいきょう)のなさをこれでもかと書き連ねる。『小公子』ではあの愛くるしいセドリック少年を、『小公女』では凜(りん)とした公女(プリンセス)セーラを描いた同じ作家なのに!
メアリは英国領インドで生まれたが、乳母に預けられっぱなしでろくに躾(しつ)けもされず、偏食で勝手放題に育った。だから、両親がコレラで死んでも「少しも淋しいとは思わなかった」のも当然だった。叔父に引き取られ英国ヨークシャーの荒野(ムーア)にそびえる屋敷にきても、肝心の叔父はほとんど不在だし、親切な使用人マーサも自分の仕事で忙しい。仕方なくメアリは1人でだだっ広い庭をうろうろするうちに、塀に囲まれた秘密の花園を見つけるのだ。
メアリは、屋敷の跡継ぎで病弱なコリンとマーサの弟ディコンと共に、荒れ果てた庭を甦(よみがえ)らせていく。耕され、雑草を抜かれ、慈しみ、世話されることで、ぐんぐん成長する庭の姿は、そのまま子供らの心身の成長と重なる。芽吹いた緑がみるみる育つさまを目にした時に湧く、あの驚異の感覚が呼び覚まされる。
ちなみに、コリンもわがままで鼻持ちならない暴君だ。召使に威張り散らし、自分は死ぬ運命だとわめいてみせ、遠縁にあたる主治医を「貧乏人」呼ばわりする。だが、わがまま大王コリン対つむじまがりメアリの闘いは、メアリの圧勝。なにしろ「みんな、あんたのことなんか、大きらいなんだから!(中略)ほんとにそのうち死ぬからね」とまで言ってのけるのだ。でも、それで2人は打ち解け合う。あいにく子供というのは、セドリックたちのように純粋無垢(むく)ではない。だからこそ、20世紀初頭にそれを描き切った本書はバーネットの傑作と称されるのだ。(翻訳家)
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土屋京子訳、光文社古典新訳文庫・968円。原書は1911年刊。訳書は福音館古典童話や岩波少年文庫など。著者(1849~1924)は米国の小説家、劇作家。著書に『小公子』『小公女』など。=朝日新聞2026年2月7日掲載