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「がんと生ききる」書評 自分を知るために紡がれる言葉

評者: 御厨貴 / 朝⽇新聞掲載:2026年02月14日
がんと生ききる 悲観にも楽観にも傾かず 著者:落合 恵子 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:評論・文学研究

ISBN: 9784022521149
発売⽇: 2025/12/05
サイズ: 18.8×1.7cm/240p

「がんと生ききる」 [著]落合恵子

 それはレモン色のカバーに見えた。まさかの落合恵子。驚くべし「がんと生ききる」とは。深夜放送のアイドルで、いつの間にか青山のクレヨンハウスの主。そしてオーガニックレストラン経営。私の人生のどこかで引っかかっている。DJの面白さ、絵本の広がり、学生を連れ行くブックトリップの途中下車。その彼女が今やがんと診断されていたとは。
 レイチェル・カーソンのことから始まる。やはりそうか。私が若きころ、がんを患った老小説家がふと口にしたのも彼女の『センス・オブ・ワンダー』だったっけ。病室に、病床にいる自分をどう見つめるのか。難治の病に向かう自分をいかに規定するのか。医者という最も身近にありながら遠い存在と、どう付き合うのか。著者はまた闘う相手を見つけたな。そう思うのは早とちり。
 病院も変え、医師や看護師と向き合い直そうとする。でも、がんを知ることが自分を知るのだと、何度彼女は自分の病気を知り尽くそうとしたことか。それがまた医師や医療を遠いものにしてしまう。まるで命の追いかけっこみたいだ。著者の書きぶりは、時に詩のようにリズミカルになる。しかし我に返ると、いやいやガンコに見えるまでの断言調となる。
 「変えるのは患者の側である。なにごともそうなのだが、そのポジションに長くいるひとたちは往々にして変化を求めようとはしない」「同じ社会で同じ時代に暮らしてきた患者と医師。交わることのない2本の線。重なることのないシルエット」
 著者は難治の病の小休止の時を迎える。すでにみとった母親の思い出や、クレヨンハウスにまつわる様々な出来事に関わっていく。そしてまた自らの生と死について考えを新たにする。彼女の言葉は自分を知るために紡ぎ出される。がんを体験した私にも少しだけはわかる。がんと「生きる」ではなく、「生ききる」というニュアンスがね。
    ◇
おちあい・けいこ 1945年生まれ。作家。文化放送を退職後、東京と大阪で子どもの本の店「クレヨンハウス」などを主宰。