国際秩序を主導してきた欧米が、パレスチナの惨状を前にしてもイスラエルを止められないのは、その核心にユーロセントリズム(欧州中心主義)があるからだ――。戦後平和運動の第一線で活動し続けてきた94歳の運動家・武藤一羊さんが、昨年12月に出版された論考集への寄稿で訴えた。
「今や、〈反・反ユダヤ主義〉というものが、かつての『反共』に代わって、国家原理の資格を与えられ、それに反するものを無条件に排除することが行われている」――。「岐路に立つドイツの『過去の克服』」(大月書店)に寄せた論考で、武藤さんはそう述べた。米国で、パレスチナに連帯する発言や行動に右派政治家が公然と圧力を加えている事態にふれ、冷戦期の「赤狩り」のように、「反・反ユダヤ主義」が、学問や思想の自由を抑圧している、と指摘する。
武藤さんは1931年生まれ。原水爆禁止運動に初期から関わり、ベトナム戦争時は「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)に参加した。80年代から2000年までは米ニューヨーク州立大で教え、現在も市民講座での活動を続ける。
同書は駒沢大の浅田進史教授(ドイツ植民地史)らが編者を務めた論考集だ。戦後ドイツの政治や社会が進めてきた、ナチの過去を反省してホロコーストの犠牲者を記憶する「過去の克服」の取り組みが、ガザ攻撃に絡み揺らいでいる現状をまとめた。近年、ドイツ政府がイスラエル支持を堅持することや、ナチ以前の植民地支配の責任などをめぐって、「過去の克服」の規範のあり方を問う世界的な論争が起きている。同書では、その論争の軸となっている論文の邦訳も掲載するなど、最前線の知見をまとめた。
武藤さんが、なぜこのテーマに切り込むのか。
ドイツ国内では、イスラエルを批判したりパレスチナに連帯したりする動きに対して、政府やメディアなどから強い圧力や非難が加えられている。旧西独期の1950年代から、ドイツの反核運動の動きをフォローし、連帯もしてきた武藤さんにとっては衝撃的な出来事だったという。「イスラエルとドイツに特別な関係があることは知ってはいたが、あれだけ強硬に親パレスチナ言論を抑えつける動きに出たことには驚いた」
同書はドイツ史やドイツ政治の論考が中心だが、武藤さんは論考で「今起きていることはドイツの問題というよりも、ヨーロッパの問題と捉えるべきだ」と述べる。ホロコーストという出来事を対象化できない「絶対化、神聖化」することで、イスラエル批判を反ユダヤ主義と同一視する論理の飛躍を、欧米全体が受け入れていると指摘する。
「過去の克服」は、過去の責任に真正面から向き合うものとして、日本の左派論壇から評価されてきた。武藤さんも「モニュメントなど、様々な形でホロコーストの記憶を市民生活に刻み込む試みは、過去を都合良く忘却してきた日本に対して、評価できる面は確かに大きい」と言う。
一方で、ドイツの姿勢の裏にはイスラエルへの特殊な位置づけがあった、とも。「ホロコーストの罪を償うためにはイスラエルを守り抜かなければという論理が作用した一方で、それがパレスチナ人を踏みつけにして成り立っていることは眼中になかった。これはホロコーストの罪をパレスチナ人に償わせるということに他ならない」と武藤さん。その論理はユーロセントリズムと通底するため、欧米全体に広まったと考える。論考では、欧米各国が加盟する国際ホロコースト記憶連盟(IHRA)が、イスラエル批判を反ユダヤ主義と同一視している問題点も指摘する。
ユーロセントリズムの問題は日本も他人事ではない、とも。近代日本は、他のアジア諸国・地域を蔑視し、「アジアでありながらアジアではない」存在となろうとした。戦後は米国の覇権主義を内面化し、「自らの手で近代を総括できずにきた」と考える。
「ユーロセントリズムを問い直し、新たな規範を作ろうとする動きは、確かに起きつつある。日本でも、過去にもう一回点検の目を向け、総括できる場を作らなければいけない」(平賀拓史)=朝日新聞2026年3月4日掲載