ISBN: 9784815812157
発売⽇: 2025/11/11
サイズ: 15.7×21.7cm/328p
「リトルトーキョーは語る」 [著]南川文里
ドジャースの大谷翔平選手の活躍により、改めて脚光を浴びるようになったロサンゼルス。日本から足を運ぶ観光客で賑(にぎ)わいを見せている。ロスに行かなくとも、メディアを通じて、建物の壁一面に描かれたユニホーム姿の大谷選手の絵を見たことがある、という人もいるだろう。あの壁画のあるミヤコホテルの辺りは、本書が取り上げるリトルトーキョーの中心部に当たる。
リトルトーキョーとは、ロスのダウンタウンに位置する全米最大の日本人街とさしずめ形容しよう。19世紀末、日系移民労働者向けの旅館や料理屋が集中したことに始まり、以後、雑貨店、食料品店、日本人会などが次々と出来上がった。必要なサービスを提供する生活の場「エスニック・コミュニティ」として西海岸に根を下ろしたが、太平洋戦争の勃発に伴い、日系人は「敵性外国人」として強制収容。リトルトーキョーは途絶えた。
だが、戦後、日系人が解放され再定住すると、リトルトーキョーは復興をみる。高度にアメリカ化された生活や白人以上の成功は、やがて、差別を克服した「成功物語」として語られるようになった。黒人や先住民など他のマイノリティが見倣(みなら)うべき「モデル・マイノリティ」とされたのだ。
しかし、差別を経て努力で成功、アメリカ社会にうまく同化、といった日系人の成功譚(たん)は、新たな排除や差別を助長し、事実を隠蔽(いんぺい)してしまう危険性があった。なぜなら、リトルトーキョーは日系人だけが暮らす均質空間ではなかったからだ。本書は、成功物語の叙述からこぼれ落ちた黒人やコリア系、二重国籍者、越境する移民女性の生活にこそ光を当てる。そうすることで、日系アメリカ史を日系人だけに閉じず、人種や国境をまたぐエスニック・コミュニティ史として描き直すのだ。一方でそれは、成功譚が無意識に前提とした白人優位の階層秩序に対する批判でもあった。固定観念は見事に覆された。
特に、日系社会における植民地主義的思考の潜在を批判したコリア系企業家デヴィッド・ヒョンに関する叙述は白眉(はくび)。現代史学では、本書が扱う日本化を伴った都市再開発や市場化、ヒョンのような企業家多文化主義は新自由主義現象と認識される。だが著者は、新自由主義を名指さずに、実質それを描いている。植民地主義や反植民地主義を新自由主義の文脈から捉えれば、ロスに限定されない世界比較が可能となろう。秀逸な本書ゆえにその先の地平に想像が広がるのである。
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みなみかわ・ふみのり 1973年生まれ。同志社大教授。専門は社会学。著書に『「日系アメリカ人」の歴史社会学』『未完の多文化主義』『アメリカ多文化社会論』『アファーマティブ・アクション』など。