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苦節11年目の芥川賞・畠山丑雄さん「自分の小説と文芸界を信じてました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。(特別版)

小説を面白がりたくて、書く

 畠山丑雄――その名前を知ったのは、2024年にXに届いた一通のDMからだった。石原書房の石原将希さんという方からで、本連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」でこのたび『改元』を出版した畠山さんを取り上げてもらえないか、という売り込みだった。調べてみると、彼が文藝賞を取ったのは2015年のこと。「あいにく、今年の新人賞受賞者が対象の連載でして……」とお断りした。
 正直に書くと、その返信を打ちながら、私はひとり苦笑いした。そんな昔に新人賞を獲ったきりの人の新刊。しかも、マイナーなひとり出版社から。おそらく彼が陽の目を見ることはないだろう……。『改元』を読みもしないで、そう思った。もちろん今は深く己を恥じている。

 畠山さんが文藝賞を受賞したのは、京都大学5回生のとき。大学に入るまではサッカーに明け暮れ、小説はほとんど読んだことはなかったという。

「文化人類学に興味があって文学部に入ってみたら、それ、総合人間学部の方ですわって言われて。ほな文学部いうくらいやし文学でも読むかと思って、国語教師の父にまず読んでおくべき本を3冊出してもらったんです。クロード・レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』、ローレンス・ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』、それから『エリック・ホッファー自伝』。これがもうめちゃくちゃ面白くて、今まで読んでなかった分も取り戻さないと、と授業もサボって本を読むようになりました。実家から大学まで2時間かかるんで、電車の中でまず読んで、駅降りたらイヤフォンで江守徹とかが朗読してる日本の近代文学のカセットテープをウォークマン聴きながら歩いて、朝9時に大学図書館に着いたら、サッカー部が始まる17時40分ぐらいまで読んで、帰り道ももちろん読んで」

 すごいハマりっぷりですね。書くようになったのはいつから?

「読むようになってまもなく。最初、スタンダールの『パルムの僧院』を読んだときに面白さがわからなくて、誰が何をしたかっていうのを場面ごとに書き出してみたんです。そしたら、めちゃくちゃ出来事が多くて、このぎゅっとした感じが面白いんやなってわかった。漱石なんかを読むときとはまた違う〈面白がり方〉が必要やったんです。この面白がり方を知るために、自分も小説を書くようになりました」

 書くのと読むの、どっちがより面白いんですか。

「両輪ですね。読めば読むほど書くのが面白くなって、書けば書くほど読むのが面白くなっていく」

「書斎にある実用書の本棚。この本棚を都度都度入れ替え・整理しながら文章を考えます(最近はサボり気味)。単行本の本棚はまた別にあります」。人文書や資料は図書館で借りることが多いそう。(写真:本人提供)

本にならなくても、書いたものは消えない

 最初に応募したのは3回生のとき。『影の獄にて』を元ネタにした長編小説をすばる文学賞に出し、3次選考まで残った。そこからコンスタントに書けるようになり、1年に4~5本書いては、五大文学誌の新人賞に送った。4回生のときはプルーストにハマっていたため、『失われた時を求めて』のような文体で家族を主題にした長編を書き、文藝賞の4次選考に残る。そして、5回生のとき、「地の底の記憶」で文藝賞に輝いた。
 5回生って、さらっと留年しているわけですが……。

「小説を読んだり書いたりするために7回生まで留年していました。同級生には小説を書いていることは黙っていたので驚かれました。毎日、学校には来ているのになんで留年しとんの?って。授業中もずっと小説書くか読むか、だったので」

 専業小説家になるつもりだったんですか?

「いえ、小説を仕事にするつもりはありませんでした。これで稼げるようになるとは思えなかった。『丑雄』っていうのは受賞したときにつけた筆名なんですけど、漱石が芥川龍之介に書いた手紙が由来なんです。かいつまんで言うと、『牛のようにあせらずこつこつ行きなさい』ということ。自分の書くものは当時の流行りからは外れているとわかっていました。けれど、売れるためにフォームを崩してまで流行りにのるつもりもない。教員免許は持っていたんで、就職はどうにかなるやろうと思って、在籍限度のぎりぎりまで大学にいさせてもらいました」

 受賞作の単行本が出て10年弱、不遇の時代が続きました。わたしだったら、せっかくデビューできたのに消えるんじゃないかと焦ってしまいます。

「消えることはないだろう、と思っていました。編集担当に小説を送っても全然返事が来ない、みたいなことにはなりましたけど、それで僕が書いたものが消えるわけじゃない。少なくとも僕は『書いた』し、『読んで』いるわけなんで。それに、向こうも商売やから、また流れが変わって、ほんまに面白いのを書いて送ったら、それをあえてボツにする理由もないんやからまた見てもらえるやろ、という気持ちがありました」

 それにしても10年弱は長い。どうしてそんなに泰然自若でいられたんですか。

「うーん、サッカーやってたからかなあ。スポーツはなんでもそうだと思いますが、中学くらいでプロにはなれない、トップにはなれない、と悟る。それでもやりたかったら、自分の中に理由を見つけるしかない。だから、『人と比べない』いうことがおのずと身についたのかもしれません。

「憧れの男は映画『暴力脱獄』でポール・ニューマンが演じた主人公、ルーク。ルークは囚人で、牢屋主や刑務官からひどい仕打ちを受けるんですけど、何されてもへらへら笑って受け流して、最後まで立っているんです。僕にとってのかっこよさがそれなんで、人から見た無様さはあんまり気にならない」(写真:武藤奈緒美)

ツイッター開設から始まった快進撃

 大学卒業後は国語教師になり、やりがいはあったものの小説の時間がまったく取れずに一年で公務員へ鞍替え。今も市職員として働いている。一向に陽が当たらずとも、「仕事を辞めて退路を断つ」という考えはなかったという。

「大学在学中、サッカー部を引退して、これで100%小説に打ち込めるぞ、ってなったとき、意外と書けなかったんです。そのとき、小説以外の縛りがあったほうが、書けるんだということに気がつきました。定収入がなければ、気持ちが焦って、小説に没頭できない。歴史的に見ても、ほんまのカツカツの中で書かれた文学ってあんまりないと思うんですよね。無頼派っぽい雰囲気出してる作家も、実家が裕福やったりするし」

 小説を書いては送り、多くは無視され、たまに掲載される生活を送っていた畠山さん。転機は「改元」が書けたこと。

「いいものが書けたという手ごたえがありました。ところが『群像』の2023年3月号に載っても、なんの賞の候補にもならず、単行本化の話も来なくて。そこではじめてツイッター(現X)のアカウントを取って、小説家・畠山丑雄として発信することにしたんです。するとある日、『私の夫があなたの高校のサッカー部の同期やと思う』とDMが来て……、そのご夫婦とご飯に行ったら、石原書房の石原さんを紹介してくれたんです」

 2024年、『改元』出版。2025年にひとり出版社の刊行物としてはじめて三島由紀夫賞の候補となった。その知らせを聞いたとき、畠山さんは「まちごうてる」と思ったそう。

「2023年に書いたやつやから選考の対象外ちゃうの?って。でも作品の発表年じゃなくて、単行本の刊行年で見るらしく、ホッとしました」

 ということは、「改元」が本になっていなかったら、三島由紀夫賞候補にもなっていなかったし、それで注目されていなかったら、『叫び』刊行も難しかったかもしれないですね。

「ほんまに。ツイッターやってよかったです」

 

「定収入」を得るきっかけになった人事異動通知書。『叫び』に登場する「先生」は生活保護受給者ですが、畠山さんはかつてケースワーカーをしていたそう。「差別をする人も殺人歴がある人も今お金がなければ全部支援するのが福祉のいいところ。そこでいろんな人に触れたことが小説に役立ちました」(写真:武藤奈緒美)

「叫び」とともに第一子爆誕

「新潮」2025年12月号に「叫び」発表。じつはその執筆中、芥川賞以上のギフトを授かっていた。

「編集部に『叫び』の第4稿を送り、フィードバックが来たころ、第一子が生まれました。『叫び』には大阪・関西万博に天皇陛下が視察に来るというシーンがあるのですが、それは里帰り出産の付き添いで妻の実家に滞在していた時、義理の母と弟が万博に行って『天皇陛下がいらっしゃった』という話をしていて思いついたものなんです」

 畠山さんはこの取材のために、当時の状況をメールの送受信歴から洗い出してくれた。それによると、赤ちゃんが生まれた4日後に第5稿を編集部へ送り、11日後に義実家の万博の話題から御幸シーンを追加。締め切り6日前に妻から「まだ面白くない」と言われてケンカになり、その4日後、あるシーンを加えたことで「ぐっとよくなった」と和解、第8稿を編集部へ送付。その深夜3時にフィードバックがあり、翌朝9時に第9稿を送付。23時半にフィードバックがあり、締め切り当日の深夜2時に最終稿を送付した。
 めちゃくちゃ濃密な時間でしたね。

「その間、3時間おきに赤ちゃんが泣き叫んであやしていたので、自然と『叫び』というタイトルが出てきました(笑)。夜泣きのおかげで寝落ちが防げてありがたかったです。芥川賞受賞が決まった時は、これで義実家に顔向けできると思いました」

 なぜ『叫び』は芥川賞を獲れたと思いますか?

「10年書き続けてきたからだと思います。今のトレンドとは外れているし、天皇というセンシティブな題材にも触れていて、賞レースには向かない作品。だけど、僕に△をつけた選評も、技術的なところや、小説の持つ力自体は評価してくれていた。このパワーは文藝賞を獲った当初にはなかったものです」

 

大事な家族はもう一匹。愛猫のルイくん。「執筆の息抜きによく遊んでもらっていました。子どもが生まれて、遊び相手がもう一人増えました。子どもは芥川賞の受賞パーティで名だたる作家の皆さんに抱っこしてもらって、0歳で文壇デビュー。うらやましい!」(写真:本人提供)

畠山小説三大要素「先生」「恋愛」「歴史」

『叫び』では、主人公が「先生」の語る歴史に搦めとられますが、『改元』でも、主人公が土地の有力者である「久間さん」の話に取り込まれていきます。先生と教え子の構図を書くのはなぜですか。

「僕がデビューした2015年あたりから、説教くさい小説が増えました。なにかを啓蒙すること自体はいいのだけれど、そのやり口が好みじゃない。欧米から来たトレンドに早々とリーチした語り手が『こっちにアップデートしなきゃダメ』と、啓蒙・指導する。読者もそれを見て溜飲を下げる。これは〈自分に対して世界がアホ〉という構図です。そしてそれは間違いではない。今こうしている間にもアホな世界が猛威を振るっている。でも僕は、むしろ自分側がアホで、合っていると思っていたことが間違っていると気づかされて苦しくなる、というのが好み。だから先生的な存在が必要なのかも。こちらの愚かさを引き立てるためにも」

 もうひとつ、畠山さんの特徴だと思うのが、恋愛が描かれていること。最近の純文学ではあまり恋愛要素を見かけないので、『叫び』も『改元』も主人公が恋愛をしていて嬉しくなりました。

「僕は恋愛小説が好きです。恋愛って、思いが現実を超える。『こう思ってるのでは』と被害妄想的に現実より思っていることが先走る。ヒストリー(his story)だったものを、勝手にマイストーリー(my story)に作り上げてしまう。あいつの痛みや傷を、俺の痛みや傷にしてしまう。だから不思議なことが起きる。それを善悪で選り分けて『あんたストーカーやね、反省しなさい』だと面白くない。ロマンチックかつ危険でありダメ、っていうのをまるごと差し出せるのが恋愛小説。恋こそ小説の根源的なものだと思います」

 今日は3月11日です(取材日)。文学フリマで販売したエッセイ集「牧場」で、2011年以降、本を読むようになったけれど、それはただの偶然、と書かれています。宮城県石巻市出身の父、被災した祖母を持ち、『改元』と『叫び』で土地の歴史を主題にした畠山さんが、あの震災と小説を切り離したものとするのはなぜですか。

「あの震災によって生み出されたセンチメンタルな、というより書いてることに反省的な創作物が僕は嫌いです。書くなら少なくともその作物(さくぶつ)の中では書いてることを反省しないのが最低限のマナーだと思う。個人的には祖母や被災地に対する思いを、なにも繋げない場所として自分の中に確保しておきたい。手段にするのではなく」

 

フィクションを膨らませるなら小説で

 畠山さんにとって、「小説家になる」とは。

「文藝賞を獲った時は、まだ小説家だとは思っていませんでした。『改元』を出してもらったときに、本気で『売らなあかん』と思った。石原書房さんを潰してしまうから。せめて石原書房が不渡りを出すことなくもう一冊出すところまでいかないと、と思ったその時に『小説家』と名乗るようになりました」

 小説家になりたい人へアドバイスを。

「まず、人と比べないこと。そのためには宣伝するものができるまではSNSを見ないこと。そして、日本の文芸界を信じること。いいものを書けば誰かが絶対わかってくれる、読んでくれる、とアホになって信じること。一方で、信じても裏切られることもよくあるので、あちこち営業もかけつつですが。 そして何より書き続けることです。
『あいつみたいに売れたい』とか『受賞して書籍化して芥川賞獲って……』とか、人生にフィクションを膨らますより、自分の書いているもののフィクションを膨らましたほうがいい。僕はもう、書いてへんほうが気持ち悪くなりました。歯磨きといっしょです。書いている時はいつもひとり。贅沢なひとりの時間。誰に何を言われようとも、それをいつまでも大事にしていきます」

 

 わたしが諦めの苦笑で流そうとした小説は、牛の歩みで自分の小説を貫くと決めた人の渾身の一篇だった。その一篇が持つ力が真っ当な読者を引き寄せ、真っ当に評価され、次の一篇を呼び、また真っ当に賞を得た。
 文芸界と自分の小説、わたしももっと信じよう。