とある人物のことを書きたくて、6年以上引っ張ってきた。まだ完全な状態ではないものの、3月に一応書き終わった。その人はもう現世にいないので、池上本門寺にある墓に報告に行った。何年間も墓石に向かって「まだかかります」と情けない報告をしてきたが、今日はとにかく気分が良い。
春めいてきたこともあり、大田区池上の街を散策してみることにした。
いつも仏花を買っていた花屋の角を、たわむれに曲がってみる。少し歩くと空き家と思しき建物に「古書販売・買入 新刊も少し販売しています」という貼り紙があった。どうやら手前の路地を曲がったところに、本屋があるようだ。
足を戻して路地をのぞくと、緑に囲まれた家がある。近づいてみると、そこが弥生坂緑の本棚だった。なんとなく名前に聞き覚えがある人もいるかもしれない緑の本棚は、2024年まで文京区根津の弥生坂にあった。だからなのか、店名に弥生坂が残ったままだ。
国鉄職員の夢破れ、園芸を学ぶ
引き戸を開けて中に入ると、靴を脱いであがる完全な一軒家スタイルだった。1階には4部屋ほどあり、右に曲がると店主の綱島則光さんが、店に訪れたご婦人たちに囲まれていた。少し待って声をかけてみる。2025年2月10日に移転プレオープンしたが、現在もプレオープン中なのだという。
「弥生坂の店は2016年の2月10日から9年ほどやっていたのですが、物件の老朽化により立ち退きになってしまって。都内だけでなく川崎や横浜で物件探しをしていたのですが、インターネットで今の場所を見つけました」
そう語る綱島さんは、大田区の大森出身。現在も大田区に住んでいるため、電車で1時間30分かかった根津時代とは違い、今は25分ほどかけて自転車通勤している。
大森といえば昭和の中頃まで海苔の養殖が盛んで、綱島さんの家ももともとは海苔漁師だった。しかし東京湾の埋め立て計画のために1962年に漁業権の放棄が決まると、ほとんどの漁師が海苔養殖を辞めた。1965年に綱島さんが生まれた当時、実家は金物店を経営していたそうだ。
「日用品や建築資材を扱う小売店だったのですが、誰も継がずに廃業しました。僕自身は金物店には興味がなく、子供の頃は国鉄職員になることが夢だったんです」
大田区にはかつて蒲田に国鉄の貨物ヤードがあり、今も京浜東北線が区民の生活を支えている。大森育ちの綱島さんが憧れるのはよくわかる。
「でも1980年に入って分割民営化の話が出て以降、新規採用を控えるという報道があって。目の前が真っ暗になり、やむなく国鉄職員から進路を変更しました」
将来を見失ってしまったと綱島さんは振り返ったが、鉄道と並んで花や植物も好きだったことから、東京農業大学の農学部に進学することにした。
「植物の生産に関われたらいいなと思い、花卉園芸学を専攻しました。卒業後は生花店に就職して、約30年間勤めました」
紙も植物も自然に還る。転機は「本鉢」
綱島さんが社会人になったのはまさにバブル経済絶頂期で、個人客への販売はもちろん、会社の受付や撮影で使う小道具としての花、造園まで、連日連夜、依頼が殺到した。ちょうどレストランウェディングもさかんになりつつあるタイミングで、平日は力仕事、週末は早朝からブライダル用の飾りつけと、熱があってもほぼ休みなく働いたそうだ。
「バブルが崩壊すると、真っ先に削られるものでもありました。それでも毎日仕事をさばくのに、精いっぱいの日々でしたね」
ある時、本としては価値がなくなった古本をくりぬいてプランターにする「本鉢」用の生花の依頼があり、本鉢に興味を持つようになった。日本橋の森岡書店で本鉢の展示イベントがあったので足を運んでみると、本と植物のバランスの美しさに魅了されてしまった。
キレイなだけではなく紙も植物も、いずれすべて自然に還る。そのサステナブルさに感動し、「自分も本と植物で何かできないか」と考えるようになったと語る。ずっと花屋の仕事をしてきた綱島さんは、書店員経験は一切なし。古本屋の開業講座や個人書店の読書会などに参加しては仕入れ方法を教えてもらうなど、仕事をしながら本屋の勉強を始めた。
「植物と本は見た目の相性が良かったのですが、業界としてはどちらも盛り下がる一方で。だからどうなるかはわからないながらも、社員時代から物件探しを始めました。オープン日を2016年2月10日と決めていたので、2015年に会社を辞めることにしたのですが、仕事の引継ぎができなくて。社員としては会社を去りましたが、実は弥生坂を立ち退くまで、休みの日は花屋の仕事を手伝っていたんです」
築72年の一軒家
弥生坂時代と同様の、約20坪の広さの物件を探したものの、都内の家賃は爆上がりしている。それでも2階も含めて約30坪あり、個人宅から画家のアトリエ、マンション会社の事務所を経た築72年の、現在の物件が見つかった。
店舗在庫は以前と比べて2/3程度の約9000冊だが、近くに借りている倉庫には1万冊以上のストックがある。棚や在庫は以前のものを引き継いでいるため、綱島さんと息子さんの2人でひたすら運び続けたそうだ。お疲れ様です……。
2階はどうなっているのか。急な階段を昇ってみる。うわあ、なんですかこのファンシー空間は! 2階はぬいぐるみやプランターなどの雑貨と、ワークショップや読書会に使えるテーブルとイス、閲覧用の本が置かれている。壁にはギャラリースペースもあり、弥生坂時代と違いカフェではないものの、1階で購入したコーヒーやお菓子で一息つくこともできる。
「本当は2階にも本を置きたいのですが、重量があるので無理なんですよ」
そんな話をしていると、古本を買い取り希望のお客さんがやってきた。しばし2階で1人、コーヒーを飲みながら待つことにする。しかしこの部屋、床にクッションも置かれているので、寝転んで本なんか読みだしたら何時間でもいられそうではないか。ウツボカズラのぬいぐるみ(1320円)を眺めながら、そんなことを考えてしまった。
2028年末までの定期借家「プレオープン」
持ち込まれた本は百科事典などを除き、基本的には買い取っていると綱島さんは語る。古本が8割で新刊は2割程度だが、古本がオールラウンドなのに対して、新刊は植物や生物をテーマにしたものがメインだ。普段自分があまり読まないジャンルなので、タイトルを眺めるだけでも非常に興味深い。
店を始めて10年、池上に移って1年だが、本屋に転職した日々はどんなものだったのだろう?
「想像していた以上に、本の売り上げは苦戦しています。だから花屋の仕事を手伝ってきたことが、経営を支えた部分はあります。でもそれでもやめずに続けているのは、この場所を必要としてくれる人がいるから。いつも来てくれた近所の本好きな子供や、移転を知って泣き出した方がいたから、続けようと思ったんです」
今の店も2028年末までの定期借家で、契約更新はない。だから「プレオープン中」なのだ。東大の並びで表通りに面していた以前と違い、細い路地は夜になると暗くなるので、見逃してしまうお客さんもいる。ポスターが貼ってあった建物は入居者が決まったのではがすことになり、代わりに路地入口に置く看板を鋭意作成中だ。
「Google Mapに掲載するようにしたら、それを見たお客さんが来てくださるようになりました。弥生坂で開催していた読書会をこちらで続けてくださる方もいらっしゃるので、2028年が終わっても新天地が見つかれば続けたいですね」
普段、植物関係の本を読まない私に、おススメ本はありますか。そう聞くと綱島さんは、選ぶのが難しいと言いつつも、「あえて違う角度から」の3冊を選んでくれた。そのうえで、私の「自然を破壊する人間は植物にとっては敵で、自然のためには人間は滅亡したほうが良いのではないか」という言葉に対して「『イチョウ奇跡の2億年史 生き残った、最古の樹木の物語』を読めば、植物にとっても人間が必要なことが伝わるのではないか」と教えてくれた。
知っているはずの街で知らない本屋と本に出会い、知らなかった世界を垣間見ることができた。植物をことごとく枯らせてきた私ではあるが、傍に置いて今度こそ丁寧に育ててみたい。そんな気持ちになった1日だった。
綱島さんが選ぶ、植物を通して人を知ることができる3冊
●『イチョウ奇跡の2億年史 生き残った、最古の樹木の物語』ピーター・クレイン著、矢野真千子訳(河出書房新社)
人間との出会いが「イチョウ」の運命を大きく動かす、まるで長編映画(2億年分)を見るような奇跡の物語。絶滅寸前だったイチョウの命の歯車を回したのは、人との運命的な出会い。まさに最強のパートナーを得て、イチョウは勢力を回復してゆく。お互いを利用したとも言えるが、今日イチョウが身近にあることが当たり前ではない事、人との絆の深さを感じさせてくれる。
●『ダンゴムシに心はあるのか 新しい心の科学』森山徹(ヤマケイ文庫)
人間にとってやっかいなものは、感情と心。心とは何か、心はどこにあるのか。心って本当にあるのか? 本書では、心は見えないけれど、心が「ある」ことを証明することはできるという、衝撃的で画期的な方法で、「心」の存在を論理的、具体的に提示している。この手法を使うと、全てのものに「心がある」ことが見えてくる。ダンゴムシたちが教えてくれる。
●『動物と戦争~真の非暴力へ、≪軍事―動物産業≫複合体に立ち向かう』アントニー・J・ノチェッラ二世、コリン・ソルター、ジュディ・K・C・ベントリー編、井上太一訳(評論社)
「人間の、人間による、人間のための平和思想」には限界がある。≪非暴力≫≪平和≫の概念を人間以外の視点から問い直す。という帯文が、胸に突き刺さる。古来、動物たちは兵器・武具としても利用されてきた。現代は大量破壊兵器のため、動物・植物・昆虫・微生物ほか、何億・何兆もの声なき・存在さえ認識されない生き物たちが一瞬のうちに抹殺されていることを、私たちは想像できているだろうか。「平和」という人間の作った概念を、今一度考え直す
機会を与えてくれる作品。