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「骨を掘る男」 大文字の歴史と個人史の接点で 朝日新聞書評から

評者: 梯久美子 / 朝⽇新聞掲載:2026年04月11日
骨を掘る男~わたしたちと戦争、そして沖縄 著者:奥間勝也 出版社:大和書房 ジャンル:エッセー・随筆

ISBN: 9784479394549
発売⽇: 2026/02/20
サイズ: 18.8×1.8cm/296p

「骨を掘る男」 [著]奥間勝也

 一昨年公開された映画『骨を掘る男』は、沖縄の地に埋まったままの遺骨と、40年以上にわたってそれを掘り続ける具志堅隆松(ぐしけん・たかまつ)氏をめぐるドキュメンタリーだ。本書はその監督をつとめた映像作家によるもので、沖縄で生まれ育ったが戦争を知らない世代である彼が「会ったことのない者の死を悼むことはできるのか?」という問いを抱え、行きつ戻りつしながら思索を重ねた記録である。
 導き手は「骨」だ。粉々になった腕の骨。割れた頭蓋骨(ずがいこつ)。砲弾の破片と共に岩の隙間に挟まった背骨。かんざしやキセルと一緒に埋まっている骨や、幼児のものと思われる歯もある。具志堅氏は自らが掘り出したそれらを手に取り、時間をかけて丹念に見つめる。その場に立ち会いながら、著者は「見る」ことの意味について考える。
 人は近しい者の遺体や遺骨と空間を共にし、それを見ることで死を受け入れる。地中に埋まっていた骨は、こうして誰かに見つめられて初めてひとりの人間であったことを回復するのではないか、と。
 現場での具志堅氏は「自分はこの場でしゃんとしていなければならない」という佇(たたず)まいであるという。それはまだ掘り出していない遺骨や死者の目線を感じているからではないかと著者は書く。読みながら思い出した。取材で訪れたかつての激戦地で、私も同じ感覚をもったことを。
 骨を見るとき、私たちは骨から見られてもいる。置き去りにされた骨は、私たちが顧みてこなかった歴史そのものだ。骨に見られるということは、歴史から見られ、問いかけられていることなのだ。
 著者には沖縄戦で亡くなった大叔母がいる。遺骨は見つかっていない。会ったことがなく、どう悼んでよいかわからなかった彼女に、掘り出される骨たちを媒介として彼は近づいていく。大文字の歴史と個人史の接点で、摩擦熱のように生まれたのが本書であり、書かれなければならなかった切実さがある。
 映像作家ならではの視点も見逃せない。私たちが目にする沖縄戦のアーカイブ映像は米軍が撮影したものだ。映っているのは後方から撮った攻撃の様子と、全てが終わったあとの焼け跡や遺体で、その間にあったすさまじい被害の映像はない。主体はあくまで米軍側で、演出と思われる部分もある。だからこうした映像を見る際は、証言や体験談などと組み合わせ、撮影されなかったものについて想像する必要があると著者はいう。記録映像は中立・客観的であるという思い込みと、個人の証言を軽視しがちな風潮への警鐘として受けとめた。
    ◇
おくま・かつや 1984年、沖縄生まれ。映像作家。WOWOW「いま甦(よみがえ)る幻の映画『ひろしま』」でATP賞最優秀新人賞。本書と同名の映画「骨を掘る男」でJSC賞、日本映画復興奨励賞。本書は初の著書。