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本田「空五倍子先生の書けない生活」 小説家の書けない日々軽やかに

『空五倍子先生の書けない生活1』 本田〈著〉 新潮社 770円

 デビュー作がヒットしたものの、その後何年も書けない状態が続いている小説家・空五倍子唯生(うつぶし・ただお)。いきおい「無用な存在」「無のかたまり」など自己否定の言葉が漏れる。そんな彼に新担当となった編集者・縹(はなだ)ちとせが挨拶(あいさつ)に来るところから物語の幕は開く。

 この縹が、一見ゆるふわだがキャラとしても編集者としても最高なのだ。「かつてのではなく今の空五倍子さんの小説を出したいです!」「そしてその本が百年後も読まれている未来をこの目で見たいんです!」と鼻息荒く野望を語り、あの手この手で作家の心を動かそうとする。言葉遣いは丁寧ながら、時には毒も吐く。真摯(しんし)に寄り添う姿勢、きめ細やかで的確な対応、底知れぬ情熱に、自分がもし小説家ならこの人に担当されたいと切に願う。

 マルチな才能全開の売れっ子、饒舌(じょうぜつ)な関西弁のホラー作家、性豪としても知られる大御所など、クセの強い同業者からも刺激を受け、少しずつ浮上していく空五倍子。そこで、ある事件をきっかけに縹に語った書けなくなった理由に意表を突かれ、胸が痛む。

 かといって重苦しい作品ではなく、絶妙のセリフや表情が軽やかな笑いを誘う。小説家の業と編集者の魂のコール&レスポンスに心躍る快作だ。=朝日新聞2026年5月2日掲載