海老原豊さん「ディストピア・サバイバル・ガイド」インタビュー 誰かの理想が息苦しさに
SF評論家として3冊目の単著となる。2年前の前著『ディストピアSF論』が理論編だとすれば、今回は「実践編」。現実の社会で起きている事象などを糸口に10類型のディストピアを語り、小説、映画、アニメなど古今のSF作品に生き延びるヒントを探すという試みだ。
ディストピアという主題への関心は、SF研究会に所属した大学時代に芽生えた。仲間と必死に読み込んだ「青春の書」である伊藤計劃(けいかく)『ハーモニー』は、健康と幸福の維持が義務化された管理社会を描くディストピア小説。ジョージ・オーウェル『一九八四年』などにも連なるSFの重要ジャンルを、評論活動の柱の一つに据えることにした。
そもそもディストピアとは何か。本書では、誰かの理想のもとに設計された社会が、往々にして他の人に息苦しさをもたらすと論じている。偏った価値観と最先端の技術が結びつき、「健康」や「美」の理想化や「生殖管理」が行われる時、そこにユートピアと正反対の世界が出現する。ではアニメ「PSYCHO―PASS サイコパス」や村田沙耶香の小説にどんなサバイバル術を見いだすか――。
「少子高齢化」「分断」「リアリティ」「依存症」。本書が分析するこれらのディストピアは、「未来はすでに到来しています」と冒頭に記された通り、すでに部分的に実現しているようにも見える。
「最近の新聞を読んでいると、だいたい一つくらいは『これ昔のSFの話だ』みたいな記事が出てくるんですよ」。SNS上の陰謀論や、子どもの遺伝子検査を勧める保育園など、本書では実際の新聞記事とSF作品を結びつけて論じるということが現に成立してしまっている。
「日々のニュースがフィクションみたいな時代には、むしろフィクションの方に現実に触れる何かがあるのかもしれない」。かつて現実の世界の「外部」を夢見るために読んでいたというSFは、インターネットの普及以後、読む意味が徐々に変わった。リアルな世界がディストピア化しつつある今、SFは目の前の現実を理解する助けになるはずだと考えている。 (文・西田理人 写真・篠田英美)=朝日新聞2026年5月2日掲載