南川高志さん「ローマ人の心 古代帝国の実像に迫る」インタビュー 生きた証し残そうとした
ローマ帝国史の大家が今回、焦点をあてたのが「心」の問題だ。これまで研究してきたのは主に政治史だが、「人々の心を抜きにして歴史は語れるだろうか」との思いはずっとあった。例えば哲人皇帝マルクス・アウレリウスの思索に触れるとき。あるいはローマ帝国の衰亡における人心の離反を考えるとき。
「ローマを生きてきた人々の気持ちを歴史として描けないか。著作を残した思想家ではなく、ごく普通のローマ人の思いに近づけないか」。そう考え、手掛かりにしたのが人々が墓に刻んだ碑文である。帝国の最盛期だった1~2世紀は墓が大量につくられた時代でもあった。墓碑の多くに、故人が生前に果たした役割がつづられている。
兵士の碑文には所属した部隊、勤務年数などが具体的に刻まれる。ある女性の碑文には〈彼女は45年間生き、かけがえのない妻、最高の医師であり、そして既婚婦人としても非の打ち所がなかった〉とある。多くの墓は街道に立ち、旅人に「読んでいかれよ」と呼びかける文言すらある。
墓碑から浮かび上がるのは、自分が生きた証し、家族が生きた証しを残そうとするローマ人の心性だと本書は説く。どこか現代の「承認欲求」にもつながるようで、ローマ帝国の時代が身近に感じられる。庶民が思いを刻めるほど社会が安定していたともいえるし、社会にひそむ不安を映しているともいえる。
剣闘士の墓碑にある戦績の数々からは、彼らもまた与えられた役割を演じ切ろうとしていたことが伝わってくる。もしかしたら観客も、そんな剣闘士の姿に自らを重ねていたのではないか。そう推測する本書は、残酷な見せ物を楽しむというローマ人のイメージを変えてくれる。異色のようでいて、骨太の歴史書だ。
「様々な制約があり、思い通りにはいかないけれど、何とか主体的に生きようとした。そんなローマ人の姿は、現代の私たちにも重なるところがあるのではないか」。はるかな時を経て、読み手の「いま」と結びついてくる。ローマ史の面白さである。
(文・有田哲文 写真・滝沢美穂子)=朝日新聞2026年5月9日掲載