ISBN: 9784103566618
発売⽇: 2026/03/25
サイズ: 18×2cm/96p
「あなたが走ったことないような坂道」 [著]有賀未来
主人公シンユは日本の高校に通う女の子。幼いころから日本で育ち、日本語しか話せない。同居する養父母はそろって香港出身。なのにシンユには日本語で話しかける。
子どものころ何度も訪ねた香港はシンユにとってかけがえのない街。けれど民主化デモが広がるにつれ養父母は香港から遠ざかる。運動のリーダーたちが投獄されると、家族で日本に「帰化しよう」とまで言い出す。
香港って私の母国じゃないの? 私の母語は何語? 本当の親はだれ?
答えのない問いにシンユは沈み込む。女子同級生との恋という難題も起きて、10代の心ははち切れそうになる……。
物語は2014年に始まった「雨傘運動」とともに進む。たまたまその前年から香港に記者として駐在していた私は、来る日も来る日も、デモの大学生や高校生に取材のマイクを向けた。
「香港は準独立国だと教わったのに、実際は中国の一都市だった」「香港が壊されたのは、経済にしか関心を払わずにきた親世代のツケ」。そう憤る若者もいれば、将来を悲観して「英国かカナダに移住したい」と嘆く若者もいた。
「香港は借り物だった。99年という期限付きの自由があたえられた街。借り物の場所」。作中、香港の行く末を案じてシンユがつぶやく。
たしかに香港市民が享受してきた政治や経済の自由は、英国の支配下にあった99年間限りの「借り物」だったのだろう。主権が中国に返還された1997年以降、香港は輝きを失う。シンユの言葉は、香港で足かけ3年暮らした私の実感と悲しいほどに一致する。
受賞作を発表した文芸誌を読んで驚くのは、作者が高校生だったこと。中学時代に弾圧ぶりをSNSで見て衝撃を受け、香港史を調べたという。
切望しても「母国」を持ちえない香港市民の葛藤を、日本にいながらにしてこれほど鮮やかに描き出すとは。10代の感性にただただ脱帽です。
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ありが・みく 2007年生まれ。作家。25年、本作で第57回新潮新人賞を受賞してデビュー。受賞時は高校3年生。