【谷原店長のオススメ】桜玉吉「満喫漫玉日記 深夜便」 ギャグ漫画家としての苦悩経た中年の日常に共感
桜玉吉さんの漫画には、小中学生の頃からずっと親しんできました。ゲーム雑誌「ファミコン通信(ファミ通)」の連載『しあわせのかたち』に始まって、「漫玉日記」シリーズを読み続けるうち、コミカルだったその作風がしだいに内省的、実験的なものに変わっていくのを案じていました。
今回ご紹介する『深夜便』は、『御緩漫玉日記』の連載を心身の病のため未完で終えてから長いブランクを経て発表された作品で、休筆期間中だったご自身の日々を描いた短編集です。何げない日常を切り取りながらも、絵柄やストーリーが安定していることに、最初読んだ時に安堵(あんど)を覚えたのを思い起こします。時間と手間をたっぷり使い、一つひとつ大切に描こうとする感じが伝わってくるのです。多作である桜さんの漫画をまだ読んだことがない方はぜひ、この作品からスタートしてほしいと思います。
11の短編と「あとがき」からなる『深夜便』のなかから、いくつか心に残った話を紹介すると――。
冒頭の「3・11金曜日」は、東日本大震災の起きたその日を描いています。桜さんは当日早朝、自宅で4コマ漫画を2本描き上げ、その画像データをUSBメモリに納め、駅前に新しくできたネットカフェへと向かいます。自宅のネット回線はすでに解約しており、漫画のデータを編集部に送信する時には、ネットカフェを使う日々を送っていたのです。生活は困窮している上、その4コマ漫画でさえ、鬱々とした気持ちの日には描く気にもなれず、「フリーズ中」になってしまうこともありました。
データ送信を終え、配信動画「あしたのジョー」を個室で鑑賞していた桜さん。主人公の矢吹丈にボクシングを教え込んだ熱血トレーナー「丹下段平」目線で泣きながら作品を堪能し、その涙目のままドリンクバーをお代わりするために個室を出ます。飲み物を持った桜さんと、店員さんと目が合ったその瞬間、「ゆ、ゆれてる?」……。
その後、自宅に帰った桜さんの部屋の様子、テレビをつけて初めて知った地震の詳細。桜さんにとっては、この日が大きなターニングポイントとなって、人生を前向きに進めるためにかじを切っていきます。
この大震災では、あまりにも多くの人々が亡くなりました。のちに命を落とされた人々もたくさんいらっしゃいます。単純な言葉を選ぶことは絶対に避けなければいけません。ただ、究極の絶望を目の当たりにし、桜さんは、自身の胸の中に「生き続けよう」とする灯を照らしたのかも知れません。この短編に続く「ゴジラさん」からも、逆境をばねにする桜さんの思いがうかがえます。
こんな作品もあります。「蕃茄(アカナスビ)」は、まだ漫画喫茶で寝泊まりしていた夏の朝のお話。他の個室の目覚まし音で起こされた桜さんが、猛暑の中を近くのカフェに出かけ、「期間限定スパイシーバーガー」のセットを頼みます。愛想の悪い店員の応対に、ブツブツと不満をめぐらせるうちに、運ばれてきたスパイシーバーガー。一口、二口、頬張ったところでトマトが入っていないことに気づいた桜さん。どうしようかな、言ったほうがいいかな、でも半分食べちゃったし……。と、まあ、どうでもいいといえば、どうでもいい話なのですが、僕などはこのシーンに、ちょっと寂寥感みたいな思いも覚えてしまいました。昔だったらきっぱり主張していたはず。それが、自分もだんだん枯れてきて、「これはこれで、まあ言わなくてもいいか」。そこには「第一線でいることを諦めても、別にいいじゃないか」みたいな、そんな諦念、達観も含まれます。
1980年代の後半から桜さんは漫画家として活躍し、さまざまな重圧や体調不良のなか、それでも描かなければいけないプレッシャーと闘ってきました。しかも、ご自身の実体験、私小説の漫画を描く作風です。編集者と一緒に、いろんな企画で飛び回る様子を楽しそうに描いた作品もあるのですが、そんな「躁」の部分の半面、ものづくりの現場では鬱々と苦しむことも少なくなかったのでしょう。
振り返ってみると「ギャグ漫画」を長く描き続けている人は、決して多くはありません。赤塚不二夫さん、植田まさしさん、しりあがり寿さんなど、レジェンドは数人挙げられるのですが、たとえば江口寿史さんは、往年のギャグテイスト作品を発表した後、いわゆるド直球のギャグ漫画を描かなくなりましたし、古谷実さんも『行け!稲中卓球部』の後は、明るいとは言えないタッチの漫画も描いています。「面白いオチをつけなければ」という重圧はやがて、「面白くない自分なんて、漫画家として価値がない」などと、思い詰めてしまうのかも知れません。
僕ら役者は、どなたかに書いてもらった台本をもとに、その世界観の中で「ああではない、こうではない」と議論しながらつくりあげていきます。桜さんのような「ゼロイチ」の仕事ではありません。だから、まさに真っ白な紙と、ゼロから格闘する、その闇たるや。江口寿史さんはその恐怖を「白いワニが来る」と表現していました。締め切り直前になっても白紙のままである未完成の原稿用紙。吾妻ひでおさんの『失踪日記』からも、その焦燥感が伺えます。
でも、この桜さんの『深夜便』一つひとつの短編を読んでいくと、良いこと、面白いことがあったとか、何かを成し遂げたとか、そういう感触がまるで無い一日があっても別にいい、と思えてきます。日々の細かな発見や苛立ち、共感を、作品として描いてくださることで、「そうなのよ!」と膝を打てる。桜さんが代弁してくださった気がするのです。ご自身が創作のプレッシャーから完全に解放されたのかどうかは、わかりませんが、面白おかしい「ハレ」でない、「ケ」の日の日常。僕をはじめ多くの読者が今こそ、求めていると思います。波や風の荒れることのない、しずかな凪を求める人々の心を打つのだと思います。
それにしても今、この社会で、中年が生きていくのは、つらいものですね。「中高年クライシス」ではないですけれども、桜さんたちと同じ中年の一人の人間として、他人ごとではない切なさを感じていたところでした。だからこそ、桜さんご自身、だんだん、生きる力を取り戻していく様子がわかるこの『深夜便』には、僕自身、力をもらいます。もちろん、桜さんの苦しみが「全部わかる」などと言うつもりはありません。でも、この本には、中年の背中を押し、その弱った心を救ってくれる何かがある。それを感謝の思いと共に強く感じるのです。
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令和8年熊本地震で犠牲となられた皆様に深く哀悼の意を表するとともに、被災された多くの方々に心よりお見舞い申し上げます。
吾妻ひでおさんの漫画『失踪日記』(イースト・プレス)と、続編の『失踪日記2 アル中病棟』(同)。これも、桜さん同様、作者自身の人生を描いた実録ノンフィクション漫画です。仕事からの逃避、自殺未遂、肉体労働、そして、アルコール依存症の病棟での闘病生活と回復への道のり。壮絶な人生でありながらも、軽いタッチでユーモラスに描かれるからか、生きること、それから「生き続けること」について肯定的な気持ちになってくるのです。(構成・加賀直樹)