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「とるに足りない細部」書評 消された「声」が描く入植の痛み 

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年11月16日
とるに足りない細部 著者:アダニーヤ・シブリー 出版社:河出書房新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784309209098
発売⽇: 2024/08/26
サイズ: 13.8×19.8cm/168p

「とるに足りない細部」 [著]アダニーヤ・シブリー

 あまりにも長く複雑なパレスチナ問題。全体像ではなく一つの事件という「細部」から、歴史を捉える物語だ。
 第一部、中東戦争が停戦状態にある一九四九年八月のネゲブ砂漠にて。建国を宣言したイスラエルの軍は、パレスチナに入植し、残ったアラブ人を見つけ出して捕獲する任務に当たっている。視点人物の「彼」は将校。天幕を張った宿営地での数日間が描かれる。
 といっても、部隊の人間関係や作戦を描くことで、読者を男臭さに陶酔させるやり方ではない。不快な汗を濡(ぬ)らしたタオルで拭い、洗って干すなど、過酷な砂漠での身体状況に目を向け、非日常の中でも続く日常的なケア行為を、割愛せずに描き込んでいく。
 彼はついにベドウィン(アラブ人の遊牧民)の一団を発見し殺害。さらには生かして連れて来た少女を、集団で性的暴行したのちに殺した。
 それから半世紀――。
 この事件を記事で知ったパレスチナ人女性が、ベドウィン少女の〝声〟を探しにイスラエル領内へ足を踏み入れる。この第二部こそ必読だった。
 戦闘機や砲弾、サイレンのけたたましい音。ヨルダン川西岸地区の暮らしのディテールに、背筋が寒くなる。そこはイスラエル軍が占領する街であり、パレスチナ人の自由は厳しく制限されている。検問所、そしてあの分離壁。移動もままならず、兵士に銃口を向けられることも。戦時下の緊張感を湛(たた)えたパレスチナ人の日常。草創期だった第一部から、戦争と入植活動はひたすら続いている。「入植」という言葉では感じ取れない痛みが実感を伴って迫る。
 かつてのパレスチナの地図と、イスラエルが塗り替えた地図。入植する側と、された側の視点をイーブンで描く構成。そして消された〝声〟を探しに行くストーリーで、自らの消されかけた肉声を伝える構造が巧みだ。
 アラビア語で書かれ邦訳された、極めて貴重、重要なパレスチナ文学。
    ◇
Adania Shibli 1974年パレスチナ生まれ。現在は主にドイツ・ベルリンを拠点に創作を行う。本作で国際ブッカー賞候補に。