高齢者を読者とする“老い本”の刊行が盛んだ。健康面や経済面の不安に向き合う書。終活や相続の指南書。そして昭和の流行作家や評論家等が、八十代、九十代になって自身の老いライフを書いたエッセーも、次々にヒットしている。
本書もまた老い本の一種であるものの、老い本界に対して疑問を呈する書にもなっている。例えば、老い本界で称賛されがちな「スーパー元気高齢者」は特殊な事例なのであり、一般の人が真似(まね)をしたら危険、と著者は説くのだ。
老いに抗(あらが)おうとすると、結果的には抗いきれず、高齢者の生活は不平不満だらけになってしまう。快適な老いを迎えるためには「現状の肯定」が大切なのだ、と本書にはある。
著者は、高齢者医療のクリニックで診察した経験を持つ医師であり、作家。老いの現場を間近で見てきた医師は、生きている時も、また死に際しても「現状の肯定」を重視する。
いつまでも元気で若々しくあろうとするよりも、老いと共に歩むこと。できる限り死を遠ざけようとするよりも、適当な時期に死を受け入れること。医療の発達により、その気になればどんどん長生きできる時代だからこそ、著者の提言は重く響く。
そんな著者の思いに同意する人が多いが故に、本書は売れているのだろう。同時に、頭では「現状の肯定」が大切だとわかっていても、いざ老いや死に直面した時、素直に受容できるだろうか、という不安も、老いの世界の入り口に立つ私の脳裏をかすめた。
戦前の日本は命を粗末にする国だったのに対して、敗戦後は「命を大事にしすぎる国になった」と本書にはある。多くの人が思っていながら表には出しづらい事実をずばりと書くことによって、世に大きな問題を提起する書。
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講談社現代新書・1012円。23年10月刊。10刷5万2千部。担当者によると、読者は60~70代が中心だが、50代と80代にも売れている。50代には女性が、80代には男性が多いという。「女性の平均寿命の方が長いのにちょっと不思議」=朝日新聞2024年11月9日掲載