世の中には曖昧なほうがいいことはたくさんある。だが、時には自分の立ち位置を明らかにした方がいいこともある。特に差別や戦争、暴力などには強くNOを表明したいし、実際にそうしている人を、私はリスペクトする。
そんな「尊敬する1人」が手掛けるレストランがある三鷹には、最近ちょくちょく通っている。でもごはんを食べて直帰、ということばかりだったので、たまには散策してみよう。だって三鷹には以前から気になっていた、よもぎBOOKSがあるから。
JR三鷹駅から歩くこと約10分。どう見てもマンションだけど、1・2階部分は店舗がいろいろ入っている「三鷹プラーザ」の2階に、よもぎBOOKSはある。同じ建物の中にはカフェを併設するインテリアセレクトショップ、山岳グッズの店なども並んでいて、眺めるだけでもワクワクする。
そんな一角に「蓬」と丸囲みの大きな字で書かれた扉があり、あそこだ! とすぐにわかる。足を踏み入れると、店主の辰巳末由さんが迎えてくれた。
挫折を経て、本と生きたい自分に気づく
辰巳さんは、山梨県の富士山のふもとにある街で育った。自分の内に存在する、人間の生と死への思いを意識することが多い子どもだったと、辰巳さんは振り返る。
「自分の可能性を探ってみたいと気持ちがあったし、その頃は心理職を目指していました。だから大学も心理学部を選びました。ただ若かったこともあり、直線的に物事を考えがちでした」
大学に進学した辰巳さんは、心理の専門職に就くべく大学院を目指した。しかし、現実は厳しかった。
「心を救う業界に拒絶されたことで、『もう私は救われないのではないか』という思いに、心を覆いつくされてしまって。人と会うのもイヤで、テレビを見ることもできなくて。心理学の本は読めなかったのですが、手に取ることができた哲学書や純文学などを読んでいくうちに、本と生きていきたいと思うようになりました」
自分は誰にも何にもなれない。当時はそんな思いを募らせながらも、本屋で働こうという思いは日に日に強くなっていった。地元で1年間働いてお金を貯め、それを手に学生時代から好きだったジュンク堂の面接に向かった。オンライン注文やホームページ作りなど、ウェブ担当スタッフの一員となった。
「働き始めてしばらくして、大学時代の知人と結婚したのですが、第1子の妊娠直前に東日本大震災が起きたんです。あの頃は余震がとにかく多かったので、家に子どもを置いて出社する未来に不安を感じるようになりました」
会社も理解を示してくれたことで、自宅で作業できるようになった。しかし2015年になると、部署ごと解体されてしまうことが決まった。
「2人目も生まれて、店頭に立って働くことは難しいなと思いました。だから人文書をメインにした自分の本屋を持ちたいと、行く先々で口にしていたら、2016年に地元にあるギャラリーカフェに、セレクト棚を置かせてもらうことになって。同じタイミングで、オンライン書店を立ち上げました」
コロナを乗り切ったオンライン販売
当面はオンラインと棚借りでいこうと思っていた2016年の秋ごろ、親しくしていたカフェの店長に「近くが空いてるよ」と言われた。イメージしていた空間に近く、同じ建物内に人が集まる場所がいくつもある。「ここで言い訳して本屋をやらなかったら、今後どこにいってもやれないだろう」と思い、すぐに心を決めた。界隈はファミリー層も多く、人文よりも絵本の方が合うのではないか。子どもを通じていろいろ学んできた絵本をメインにしようと決め、開店準備に取りかかった。
「家族や友人たちの手で内装をしましたが、なかなか大変で。でも『ここで言い訳して逃げたら、どこに行っても逃げる自分になる』と思いながら、最後までやりました」
「この場所は以前、古道具屋の倉庫として使われていたのですが、もともとは建築事務所で。だから今使っているレジ奥の棚など、リメイクして活用しているものもあります。家族や友人総出で頑張ったら2、3カ月ぐらいで内装が完成しました。でも什器は開店してから少しずつ増やしました」
なんと順調な滑り出し! と言いたいところだが、オープン当初は棚の多さと在庫が比例しない時期もあったと笑った。現在の在庫は1000冊ほどで、新刊と古書の割合は8:2といったところ。古書は基本的には買い取ったものを置いているが、店の雰囲気を知った上で持ってきてくれる人がほとんどだという。
「なんとか軌道に乗り始めた3年目に、コロナ禍がやってきました。でもオンライン販売を続けていたので、大きな影響はありませんでした。子どもは中学1年生と小学4年生になりましたが、家が近いので、学校帰りに『鍵忘れた』なんて時に寄ることもありますね」
手を動かし続けることで心が満たされる
オープン当初の売り上げは絵本が大多数を占めていたけれど、今は絵本以外の割合が増えてきていると語る。だからなのか、これまでは子どもを連れた女性が多かったけれど、最近は男性が1人でやってきて、じっと棚を眺めることも増えたそうだ。また、オープン時から続けてきたギャラリースペース目当てで訪れる人も、かなりの割合だ。
実は私もその一人で、10月に開催されていた、「収集百貨 溜めっこ展」が見たかったのだ。4人のメンバーからなる収集百貨は、その名の通り、これまでに収集してきたコレクションをZINEで披露している。
バナナやチーズのシール、封筒の裏側、銀行の貯金箱やお菓子の缶などなど、どこの家にも必ずあるのに、ほとんどが見向きもせず捨ててしまう。そんなモノ達を収集し尽くした写真が、壁をぐるりと飾っている。もちろん現ブツも並んでいる。……なんで櫛の柄にイモムシを描く? なんでトマトケースにゆるキャラを描く? 改めて目の前に突きつけられると笑いしか出てこないものばかりで、思わず見入ってしまう。でも来月はまた違う展示が予定されているので、雰囲気ががらりと変わることだろう。
この先どうしようと思いながらも7年間続けた今は、絵本を立体的に表現し販売する場所にできたらと考えているという。
「あとは自分でも本を作りたいと考えていて。絵本作家の松村真依子さんと一緒に、小川未明の『野ばら』を絵本にしたんです。編集と丁合、製本は私が担当しました」
隣り合う大きな国と小さな国。それぞれの国から国境に派遣された2人の兵士は、互いに心を通わせていく。しかし戦争を始めたことで、2人は敵同士になってしまって――。老人と青年、2つの国をそれぞれ藍色と朱色で描いていて、約100年前に生まれ何度か読んだ物語なのに、新鮮な気持ちで手に取ることができる。次作はまだ具体的には決まっていないそうだけれど、きっとふんわりと優しい本ができあがるに違いない。
でも本屋を続けて子どもの面倒も見て本も作っては、なかなか毎日ハードモードなのでは?
「夏葉社の島田潤一郎さん が、『仕事とは手を動かすことだ』と著書で書いていたんです。まさにその通りだと思うし、私も手を動かすことで、心が満たされるんですよね」
自分の分身のような「よもぎ」
辰巳さんの言葉にうなずきながら、おなじみの質問をしそびれていたことに気がついた。あの、なんでよもぎBOOKSなんですか?
「実はパキっとした理由はないんですけど……。よもぎってどこの空き地にも生えているというか、その辺にあるものですよね。子どもの頃、祖母が道端のよもぎを摘んでお団子を作ってくれたことがあって。その後、食べるだけでなくお灸の原料や薬草になるすごい植物だということも知って、ハンドルネームによく使ってたんですよ。だから今回もあまり悩まず、すぐに店名が決まりました。7年以上店を続けても恥ずかしくならないから、この名前にして良かったと思います」
やっぱり、曖昧にしておいた方が良いものはこの世にたくさんあると思う。だけど好きを極めたモノを集めまくったり、好きを追求した場所を作ったりすることで、こうして誰かが楽しくなれることもある。何が好きで何が嫌いは、曖昧にせずハッキリ見極めておこう。その方が絶対、自分自身も楽しくいられるはずだから。手作りの空間の中でちょっとはにかんだ笑顔で語る辰巳さんを見ていて、そんな気持ちがあふれ出てきた。
辰巳さんが選ぶ、よもぎ餅とともに楽しみたい3冊
●『のほほんと暮らす』西尾勝彦(七月堂)
奈良の詩人・西尾勝彦さんによる実用的な詩集。情報が氾濫し、猛スピードで移り変わる現代を疲弊しながら生きる人への処方箋のような一冊。のほほんするために必要なことが載っていると同時にのほほんし続けるのがいかに難しいことであるかも教えてくれる。
●『最初の質問』長田弘、いせひでこ(講談社)
詩人であった故・長田弘さんと画家いせひでこさんによる詩集のような絵本。本を開くたび「今日、あなたは空を見上げましたか。空は遠かったですか、近かったですか。」の一言目にどきっとする。今日ははたして空を見上げただろうか、と。
●『たいせつなこと』マーガレット・ワイズ・ブラウン、レナード・ワイズガード、うちだややこ(フレーベル館)
絵本を収集していた20代の頃、自分のために買った本。ややこしく考えてしまいがちな時、頭の中をシンプルに戻してくれるし、どんな自分でも抱きとめてくれる一冊。マーガレット・ワイズ・ブラウンとレナード・ワイズガードのコンビの絵本はほかにも素敵なものが多い。